第12章 「『サヨナラ』じゃないよ、『またね』だよ!」
四方黒美以子少尉と友呂岐誉理少尉のその後の去就は、第10話「不滅の友情。再会の古都・ならまち」(N8681GL)をご参照頂ければ幸いです。
大正40年代から営まれているらしい、年季が入ったレコードショップ。
そこで目的を果たした私達は、ドアの上部に付けられた鈴を軽やかに鳴らして退店したんだ。
「ああ~、待ち焦がれたよ~っ…ザ・ギラファーズの新譜!」
紙袋を抱えた美衣子ちゃんは、今にも軽やかなスキップを踏みそうな程に浮かれていたんだ。
「帰ったら早速、聴かなくっちゃね!B面も期待出来そうだし。」
レコードショップの店名が入った紙袋から注意深く取り出された、グループサウンズのEPレコード。
桜色の髪をイギリス結びにセットした少女将校が熱い視線を注ぐ先は、シングル盤のジャケットで微笑むメンバー達の集合写真だ。
「ギラファーズも中之島の中央公会堂辺りで、コンサートでもやってくれないかなぁ?」
あどけない美貌に恍惚とした表情を浮かべて、何とも切なげな甘い溜め息を洩らす美衣子ちゃん。
美衣子ちゃんの心はここに在らず、コンサート会場となった中央公会堂にでも飛んでいるんだろうな、きっと。
「全く大したもんだな、美衣子のグループサウンズ熱も。」
美しいブロンドを軽くウェーブさせた岸和田っ子は、士官学校以来の親友が見せるファナティックな振る舞いに、半ば呆れ返っていたよ。
ロカビリーの珍盤が掘り出せなかったらしく、誉理ちゃんの手荷物は来た時と大差なく、至って身軽そうだったね。
「しかし、もっと凄いのは…」
澄ましていれば欧州の貴族令嬢と見紛う美貌の中で輝く金色の瞳は、私へと向けられている。
その声色は「苦笑」というより、「呆れ」に近かったかな。
美衣子ちゃんと誉理ちゃんに付き合う形でレコードショップに入店した私だけど、これはこれで収穫があったんだよね。
むしろ、あり過ぎたと言うべきなのか…
「フフン、買っちゃった。『まぼろし仮面』に『少年マッハ』、それに『超鉄神19』と『怪傑アラワシ天狗』のソノシート!」
レコードショップの紙袋から嬉々として取り出したのは、この当時に放送されていた特撮ヒーロー番組のソノシートだったの。
ソノシートといっても、ピンと来ないかな?
この当時のレコードは子供にはなかなか買えない高級品だったので、アニメや特撮みたいな子供向けコンテンツの主題歌は、「ソノシート」っていう薄いビニール製のレコードに録音されていたの。
アニメや特撮のソノシートは大抵、主題歌以外に短いオーディオドラマが収録されているんだ。
私達の時代だと、アニメシアとかのアニメショップで売っているドラマCDみたいな物だね。
「幾ら何でも、同じソノシートを2枚も買わなくても…」
「分かってないなぁ、誉理ちゃん…1枚は聴く用、もう1枚は保存用だよ!」
何しろソノシートはビニール製。
レコード針を落とす度に溝が削れてしまうから、美品は貴重なんだよ。
それでなくても、この手の子供向け作品のグッズは現存数が少ないんだから。
散々手荒に遊び倒して壊しちゃうか、子供が大きくなったタイミングで本人か親が捨てちゃうか。
まあ、当時はアニメグッズのコレクション市場なんて存在しなかったし、後々プレミアが付くなんて予測も出来なかったから、仕方ないけどね。
そもそも現存数が少ないからこそ、プレミアが付くんだけど。
このソノシートコレクションを元の時代に持ち帰って転売すれば、良い値段が付くだろうね。
何せ、買ったばかりの未開封新品だから。
まあ、この時代には「大人買い」って概念はまだ存在しないんだけど。
「貸本劇画もそうだけど…里香ったら趣味が変わったよね?ここんとこ、男の子向けのテレビまんがに随分とお熱じゃない?」
からかうようにニヤニヤと笑う誉理ちゃんを見て、私は改めて実感したんだ。
この時代、子供向けの映像コンテンツは十把一絡げで「テレビまんが」と呼ばれていたって事をね。
私のいた時代では、アニメと特撮は異なるジャンルのコンテンツとして明確に分かれていたよ。
だけど「テレビまんが」という言葉を聞けば、両者の垣根が曖昧だった時代特有のエネルギッシュさとカオス感が想起されて、何とも言えない憧憬と郷愁にかられちゃうんだ。
「好きな物は好き。そう言ったの、確か誉理ちゃんだよね?」
相手の言質を取って言い返すのも、あんまりスマートじゃないなぁ。
だけど、ここで変な答え方をしたら、里香ちゃんと私の趣味が違う事を不審がられちゃうし…
「それと、こういうのが好きな子が親戚にいてね。その子に影響を受けて、興味が湧いてきたんだよ。」
よし、我ながら上手くごまかせたかな?
「男の子?それとも女の子?」
オヤオヤ、今度は美衣子ちゃんが食いついてきちゃったよ。
流行りのグループサウンズに熱を上げていて、オマケにゴシップ好き。
美衣子ちゃんって、なかなかミーハーだよね…
「女の子だよ、私より年下の。まあ…その子もやっぱり、親戚の男の子に影響を受けているんだけど。」
この親戚の男の子と女の子って、要するに私のお父さんと私自身の事なんだけどね。
まあ、嘘はついていないでしょ?
この時代で私が背乗りしている園里香少尉にとって、私と父は曾孫と孫に該当する訳だからさ。
「ふ~ん、そうかい…里香ってなかなか、顔が広いんだな。」
どうやら金髪の少女将校さんに関しては、私の取り繕いに納得してくれたみたいだね。
助かるよ、誉理ちゃん。
「じゃあさ、そのうち私ん家に遊びに連れて来てよ。さっき話してくれた、劇画好きの友達共々さ。」
ところが美衣子ちゃんに関しては、なおも食い下がってくるんだよね。
桜髪のイギリス結びちゃんったら、私の人間関係にそれだけ御執心なの?
「里香ちゃんの友達と親戚の子なら、うちの和菓子を1品サービスしちゃうよ!一番高いの選んだって構わないから。」
そう言えば美衣子ちゃんの御実家って、ならまちの和菓子屋さんだったっけ。
あそこは年期の入ったお店が軒を連ねているから、元化25年でも残っているかも知れないなぁ…
「友達の都合があるから、いつになるかは確約出来ないけど…その時には遊びに行かせて貰うよ、美衣子ちゃん!」
-その時には、本当の私である枚方京花としてね。
後の一言は、そっと心の中で呟かせて頂いたよ。
今までの私にとって修文4年という時代は、重大事件史の教科書に載っている過去の時代という認識だったの。
だけど珪素獣のタイムスリップに巻き込まれ、こうしてこの時代に身を置いてみて、その認識は大きく覆ったんだ。
修文4年の人達も、私達と同じように泣いたり笑ったりして、自分達の人生を精一杯生きてきた。
産まれた時代が違うだけで、人間の本質は昔も今も変わらない。
不安や戸惑いも少なくなかったけど、その点に気付けた事は、このタイムスリップの大きな収穫だね!
「おっ!だったら私の実家の銭湯にも、地元のダチと一緒に来てくれよ。『誉理の戦友だ。』って番台で言ってくれたら、コーヒー牛乳位ならタダにしてやるからさ!」
こうして肩を軽く叩いたのは、家業が銭湯の誉理ちゃんだ。
「ありがと、誉理ちゃん!冷えたコーヒー牛乳、ご馳走して貰うからね!」
そして今一つの収穫は、この時代でも友達に恵まれたって事。
マイペースで朗らかな美衣子ちゃんに、クールで友達想いな誉理ちゃん。
千里ちゃん達と早く再会したい気持ちは変わらないけど、この2人や女子特務戦隊の人達と別れるのは、正直言って寂しい。
だけど、この時代の人達の頑張りがあったからこそ、私達の時代があるのなら、この時代の人達の想いもまた、私達の時代に生き続けているって事だよね?
御先祖様である園里香少尉に、美衣子ちゃんや誉理ちゃん…
それに、「この時代で過ごしていた私」の想いだって!
だから言わないよ、「さよなら…」なんて悲しい言葉は。
元の時代へ帰る、その時が来たとしても…
私は笑って、「またね!」って言うつもりなんだ。




