第11章 「友の面影は、貸本劇画に浮かび…」
パーラーを出た私達3人は、アーケードに覆われた駅前商店街「サンロードいずみ」をブラブラとそぞろ歩き。
お昼御飯の腹ごなしには、うってつけだね。
「おっ!着いた、着いたよぉ!」
アーケード街の中程まで来た私は、思わず弾んだ声を上げちゃっていたの。
「里香…!そんなにはしゃぐ奴があるかよ…」
こうして誉理ちゃんに呆れられちゃう程のボリュームでね。
左右を仏具屋とレコードショップに挟まれ、少しくすんだ看板を掲げている木造店舗付き住宅。
この店こそ、私達の次なる目的地である所の井上書房だ。
私の曾祖母である里香ちゃんに、メールで教えて貰った通りの立地条件だよ。
「あっ!『月刊ゆめ少女10月号入荷しました。』だって。私、借りちゃおっかな?」
引き戸のガラスに貼られた新刊入荷の告知を見た美衣子ちゃんが、朗らかな叫び声を上げている。
どうやら、美衣子ちゃん御贔屓の雑誌みたいだね。
「最新号って…どうせ近所の子に抑えられてるよ。あんまり期待しない方が賢明だよ、美衣子。」
「それもそっか、誉理ちゃん…月刊ゆめ少女なら本屋でも売ってるから、最悪そっちで買おうかな。」
親友の冷ややかな突っ込みに、イギリス結びの少女将校も急速クールダウン。
至って冷静に代替案を導き出したね。
「それじゃ、ボチボチ行こっか!美衣子ちゃん、誉理ちゃん!」
私達は開け放たれた引き戸を潜り、裸電球に照らされた薄暗い店内に足を踏み入れたんだ。
間口は2間程で、カウンターの後方と左右に、蔵書のギッシリ詰まった背の高い本棚が据えられている。
元化25年から来た私の目には「町の古本屋さん」って感じに見えるけど、ここに並んでいる小説や漫画本は売り物じゃなくって、2泊3日60円で貸し出されている貸本なんだ。
言うなれば有料の私設図書館だけど、レンタルビデオショップに例えた方が分かりやすいかな。
ビデオテープからDVDに切り替え、余裕の出来た棚のスペースに漫画本を並べているレンタル屋も多いから、割とイメージし易いと思うの。
だけど、レンタルビデオショップで貸し出されている漫画は、普通の書店やネット通販でも売っている単行本だよね。
しかし、貸本屋に並んでいるのは、そもそも貸本用に描かれた漫画なんだ。
まあ、さっき美衣子ちゃんが借りようとしていた「月刊ゆめ少女」みたいに、普通の書店で流行している漫画雑誌や単行本も並んでいるけどね。
「これが『マッスル刑事』こと松長マサルか。渋いね、こういうのって…」
私が棚から抜いた単行本の表紙では、モーゼル拳銃を構えた精悍な青年が鋭い眼光で睨んでいたんだ。
スーツの上からでも如実に確認出来る引き締まった筋肉質の肢体に、キリッとした太眉が自己主張している凛々しい面立ち。
私のお母さんが二十歳位の時には、顔の濃さで男の人を「醤油顔」とか「ソース顔」とか分類していたみたいだけど、このハードボイルド感フルスロットルな主人公は、言うなれば超濃口ソース顔の男前だね。
「人気あるみたいだな、その『Gメン・マッスル』。劇画好きな私の兄貴も、太鼓判を押してたっけ…」
ギャグ漫画の棚を物色していた誉理ちゃんが、私が手にした単行本を目敏く見つけて、黒い背表紙に書かれた書名を読み上げる。
そう言えば誉理ちゃんって、漫研に入部した大学生のお兄さんがいるって言ってたね。
「しっかし、まぁ…少女漫画一辺倒だった里香ちゃんが、劇画に手を出すとはねぇ…」
感心とも呆れとも取れる溜め息を漏らすと、美衣子ちゃんは棚の間を右にウロウロ、左にウロウロ。
どうやら、お目当ての雑誌が借りられていたみたいだね。
「だってこれ、貸本劇画史上不朽の金字塔だよ。漫画好きの友達が、そう言ってたもん。」
私はそう言いながら、男臭さ全開な「Gメン・マッスル」の表紙を、日本軍の少女将校2人に突きつけたんだ。
この「Gメン・マッスル」に代表される貸本劇画は、私立探偵や刑事や諜報員が主人公を張り、ヤクザや殺し屋を相手に銃撃戦やカーチェイス等のド派手なアクションを繰り広げる作風なの。
貸本劇画は当時の商業ルートの漫画に比べると、絵もコマ割りも荒削りで粗製乱造な印象を受けるけど、それがかえって「自分達にも描けそう。」という気軽さにも繋がったの。
そう考えた読者達は見様見真似で劇画を描き、その中から実際にプロとしてデビューした人達も少なくないの。
貸本劇画が持っている、誰もが参入出来る気安さと、次世代のクリエイターを育む土壌の豊かさは、私が元いた時代の同人誌界やネット小説界にも受け継がれていると思うんだ。
「里香ちゃん…『不朽の金字塔』って言うけど…ほんの1月前だよ、これが出たのって。」
「それでそこまで言い切るとは、この劇画に里香のダチは随分と入れ揚げてんだな!」
美衣子ちゃんと誉理ちゃんが吹き出したのを見て、私は自分が何をやらかしたのかに思い至ったんだ。
今はまだ、劇画も含めた貸本漫画が当たり前に存在していた時代だよね。
それなのに私ったら、後年のリバイバル・ブームで再評価された「Gメン・マッスル」の批評を、そのまま言っちゃったんだから…
問題の批評を書いた漫画評論家も、その批評が掲載されている懐かし漫画特集本を市立図書館で借りてきた千里ちゃんも、この時代にはまだ産まれていないよね…
だけど少女将校2人組は、私とその友達が「Gメン・マッスル」に過剰な肩入れをしているとしか解釈していないみたい。
不審に思われなかったみたいで安心したよ。
そうそう…
さっき私が言った「漫画好きの友達」って言うのは、元の時代における私の親友兼部下である所の、吹田千里准佐の事なんだ。
見た目は黒髪ツインテールの子供っぽい子なんだけど、自分が生まれる前のレトロ漫画に詳しいんだよ。
-この貸本屋に千里ちゃんを連れてきたら、きっと大喜びするだろうな…
そう思うと、不意に切ない気分になったんだ。
この時代に幾ら馴染んでも、ここには本当の私を知る友達はいないんだよね。
「もしも~し!聞こえてるか~、里香?」
気が付くと、私の目の前で白く細長い指先が左右に振られていたんだ。
「えっ…ああっ!」
我に返った私の顔を、金色の瞳が覗いている。
薄暗い裸電球に照らされるブロンドは、明るい陽光の下で見るよりも妙に艶かしく映ったんだ。
「どうしたんだよ、里香?急に上の空になって、物憂い表情なんか浮かべちゃってさ。」
「そうだよ、里香ちゃん。柄でもない真似は止し子さんだよ。」
同輩に追従するように、美衣子ちゃんも軽口を叩いている。
しかしまぁ、何とも古臭い軽口だよ…
「えっ…!ああっ、ううん!何でもないの、何でも…『その友達とも、随分会ってないな。』って。」
大慌てで打ち消す私だけど、断じて嘘は言ってないからね。
何せ件の友達は、70年先の未来にいるんだから…




