表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

寒がりの短編集

作者: 霧



 ——白い。ただ白いというのではなく乳白色。乳鉢のような陶器質なものでもなく、柔らかな質感と温かさのある。そして、色としての白というものの定義に符号するのではなく、白という言葉の持つ概念が彼女に符合する。

 そんな(ひと)を見ていた。


 彼女が白い息をはく。ふわりと広がり、空へ消えてゆく。雲はなく、やや紫がかっている空。それは気も遠くなるほど巨大な容れ物なのだ。その容れ物を窒素や酸素、二酸化炭素やアルゴンその他の分子が満たしている。


 フル・イマージョン——そんな単語が浮かんで涙腺がじわりとなった。


 冬朝の空気は冷たい。コートを抜け、セーターを抜け、体の末端から侵食する寒さは、むしろすがすがしい。


 気づけば深く息を吸い込み、肺に透明な空気を通していた。朝と私が肺で繋がる。それは肺胞の一つ一つにまで染み込み、浄化するのだ。肺をすっかり満たしてしまうと、赤血球にでも掴まれ毛細血管に乗って身体中を巡るのだろう。


 血流は、やや早い。


 彼女は手をすり合わせる。

 その手は赤みを帯びている。


 彼女の手は冷え切っているのかもしれない。冷たさとは畢竟、痛覚だ。白い手。たおやかな手。そこでは痛覚神経がパチパチと発火しているのだろうか。だとしたら、それは線香花火みたいなのだろう。


 血管が収縮し、血流は鈍化し、血色は紫変するはずだ。

 それでも、その人の手は鮮紅、あるいは淡桃色。


 鳥が鳴き始めた。小鳥だ。

 歯切れの良い短い声でチュンチュンと何かを連呼している。


 別の声。もう一羽の小鳥が少しだけ長く、何か返事する。少しだけ高い声で。


 彼女がふとその声の小鳥を探して視線を揺らす。つややかな黒の髪も揺れる。

 だが、声の主は見つからないようだ。


 私も、小鳥を見つけることができない。確かに聞こえた。しかし、声がした方を見ても無機質なアスファルトが有るだけなのだ。


 小鳥はもう、喋ってはくれないようだ。

 私が二人の語らいを邪魔したというのだろうか?


 いつしか、日の光は赤く、黄色く、白く移り変わっていった。空気はぬるんできた。一日が始まる。


 不意に彼女と目が合った。


「小鳥、いたと思ったのにいませんね」

「ええ」


 初めて彼女の声を聞いた。

 思った通り、透き通るような真っ白い声だった。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ