天国にいく人
差別的な言葉有り。
おばあちゃまが言う。
「私は善い人よ。」
優しげな声色で、柔らかく目尻を下げて。
ほんのりと染まった桃色の頬を緩やかに持ち上げて。
それは枝垂れ桜が良く似合う淑やかな微笑み。
おばあちゃまはその台詞を気に入っている。
おばあちゃまが言う。
あたかも万物を知り得た聖人のような顔をして。
「障がい者は税金を無駄に使うから薬を与えて早く殺せばいい。」
『おばあちゃま。障がい者のことを何も知らないのに何でそんな酷いことが言えるの?障がいがあるからといって感情も人権もないわけじゃないのよ?それにおばあちゃまも年金をもらっているじゃない。税金がどうのと言うのなら、おばあちゃまも言われるわよ』
「でも、障がい者は何もできないじゃない。介助がなければ意思を伝えることも歩くこともできない。私はできるもの。」
「シングルマザーは金が欲しくて離婚したんだ。だから税金を贅沢に使って楽に生きているんだよ。」
『おばあちゃま。DVって知ってる?一緒に居られなくて離婚する人もいるんだよ。それに子どもは切ない思いをしているはずだから、そんな言い方は良くないんじゃないかな』
「そんなに子どもが大事なら別れないでしょうに。叩かれても我慢すればいいでしょう?我慢が足りないのよ。それにそんな男を旦那にしたのがそもそも間違いなのよ。」
「またそんなくだらないアニメを観ているの?これが人間?気持ちが悪い絵ね。そういう変なアニメを観る人が“自分も真似したい”って言って犯罪を犯すんじゃない。だからアニメも漫画も、ゲームもドラマも放送しない方がいいのよ。」
『おばあちゃまは韓流ドラマが好きだけど、それは別物なの?内容は変わらないよ。それにアニメに感化されて行動起こすんじゃなくて、犯罪を犯した人がアニメを観ていたっていう解釈はできないかな。だっておばあちゃまもネコとネズミの追いかけっこを観て笑うでしょ?』
「私はこんな気持ちの悪いアニメは観ないわよ。それに韓流ドラマは面白いのよ」
「うわっ、気持ちが悪い!なんなの、この男。ああ、お笑い芸人ね。なんでこんなに下品な芸しかできないのかしらねぇ。顔も気持ちが悪いし」
『人の顔を悪く言っちゃいけないよ。それに別にこの人たちが犯罪を犯したわけじゃないのに何でそんな酷いことを言うの?この人たちだって一生懸命考えて芸をしているんだよ』
「動物は面倒だから早く死ねばいい。五月蝿くて寝れないのよ。どうして言うことが聞けないのかしら」
『おばあちゃま。虐待って知ってる?そんなにスリッパで頭を叩かれたら痛いし怖いよ。そんなに何度も叩かなくても分かってるよ。それにおばあちゃまが可哀想だからって拾ってきたんでしょ。死ねなんて言っちゃダメだよ』
「これは虐待じゃないわよ。しつけ。言葉が分からないから叩いて教えるの」
「お前は本当に器量が悪いね。豚みたいな笑い方ね。」
「器量が悪い人間はテレビに映らない方がいい。」
「子どもの出来が悪いのは親の躾が悪いから。ぶてばいい。」
「政治家は馬鹿しかいない」
「罪人は全て死刑にすればいい。」
「みんな嘘つきだ。汚い人間しかいない。」
『ねぇ、おばあちゃま。何で私の顔を悪く言うの?何で人の顔を悪く言うの?何ですぐに死ねって言うの?
ねぇ、おばあちゃま。なんでお母さんを傷つけるの。おばあちゃまが養子にとった子でしょ?なんで血の繋がりがなければ家族じゃないなんて言うの。』
「そんなこと言ってないわよ!またそうやって嘘をついて!私を悪者にするのね!こんな糞婆早く死ねって思ってるんでしょ!」
おばあちゃまは婿養子に来たお父さんを嫌ってる。
おばあちゃまは養子に迎えたお母さんを貶す。
私を馬鹿にして、弟をサンドバッグのように怒鳴り当たって、妹を赤児扱いする。
けれどおばあちゃまは近所の人に笑顔を振りまく。
愛想を振りまき、お茶会に呼ぶ。
「私のような人とお茶をしてくれる人がいて嬉しいわ」
そう言って聖母のような愛を与える。
見返りは求めない。
何故か、愛を与えることが当たり前であると思っている。
そして早くに亡くした夫を一途に想い続けている。
おばあちゃまに悪意はない。
おばあちゃまはただ、思ったことを口にしているだけ。
悪いことをした自覚はない。
それに、他人に悪口は決して言わない。
だからおばあちゃまは他人に慕われる。
そしておばあちゃまは自身の正義を信じ切って言う。
「私は善い人よ。」
ねぇ、おばあちゃま。
私は思うの。
いくらおばあちゃまに罵倒されても、私は真正面からおばあちゃまに『嫌い』と言えない。
だっておばあちゃまは家族で、おばあちゃまが誠実であることを知っているから。
おばあちゃまの放つ棘のある言葉に、殺意のような攻撃力はないのだから。
おばあちゃまはとても、善い人よ。
だって私は思い当たる悪事が多すぎて、自身を善い人だなんて体が震えて言えないのだから。
きっと、おばあちゃまは閻魔様の前で清々しい顔をして言うだろう。
「わたくしは自分の正義を守り、貫き、人として真っ当に生きてきたつもりでございます。しかし、わたくしは自分の考えのないところで他の者を傷つけてしまったかもしれません。その罪はきちんと償い、その後に僅かで良いのです。亡き夫に感謝の言葉だけ伝える時間をいただけませんか。」
天国には善人がいくのでしょう。
私は確かにそんな善人を前にしているはずなのに。
時折激しい怒りにむせ返りながら、地獄で息をしている心地がするのだ。