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その空落ちは人に見えた。
「普通、空落ちはどんなものなんですか?」
「普通、というものはありません。それぞれの役割が体現した美しさを持っております」
「役割」
「ええ、空落ちはこの世界でそれぞれの役割を果たします。私たちは、空色に選ばれ、その役割の手助けをする、部品です」
「……空落ちは結局のところ、……パートナーのようなものですか」
「私たちは神様ととらえますが」
空落ち様は私を見て、笑った。
「私にはあなたの方が神々しく見えますよ」
「そんな私など」
空落ち様が私のかいた名前を眺めて「ロイグ」と私の名前を呼んだ。懐かしい、空落ち様に名前を呼ばれたときの高揚感が、全身に響き渡る。
「っぁっはいっ」
「?」
「ごめ、なさい、久しぶりだったもので」
「泣くほど?」
「……名前を呼ばれるのは、百年ぶりですから」
「……そう……寂しかったですね」
それで気がついた。
「ああ、そう、でした、寂しかったのです」
「あなたの空落ちの話を聞かせてください」
「……、私の空落ちは、この世界に炎をもたらしたものです」
赤き獣。私の空落ち。
「とても美しい獣でした。幼い頃から共にあり、共に進み、この世界の隅々にまで炎を与えて、……死にました。私は、……私は生き残ってしまいました。あの子が、……私の空落ちが、私を守ったから……ともに、死なせてはくれなかった……もう百年も前のことです」
ロイグ、あなたにはまだ役割がある。……たしかにそう、あの子は言った。
「……だから私は今、このときまで生きてきたのでしょう。あなた様の役に立つために」
「……ん?」
「白きもの、と呼ばれておりますが、あなた様は私の名前を持ったのです。どうぞ、ロイグと呼んでください、空落ち様」
空落ち様はぱちぱちと瞬きをしてから「なるほど、そういうルール」とよく分からないことをつぶやいてから、穏やかに微笑んだ。
「ロイグ、私は酒を飲みます」
「さけ」
「ですからそのために、酒をつくります」
私は頷いた。
「わかりました。私は、私のできることすべてで、あなたの役に立ちましょう」
「……ふ、なんだかすごい話になってきました」
空落ち様はぱたぱたと近づいてくる足音に、笑った。
「王子様と賢者様、それと……単なる酒飲みか……」
「戻りました!俺の空落ち、ああ、よかった、いてくれた」
若き王子はその人型の空落ちに抱き着いた。
「俺の空落ちなんだから、俺についてきてください」
「え?……何故?」
「だって、他の空落ちはみんなついてきている……」
言いながら、王子は私を睨んだ。私は肩を竦める。
「俺だってずっとあなたと一緒にいたい」
「なるほど、そういう仕組みですか……うーん、私は基本的に個人行動の方が動きやすいのですが」
「俺は、……あなたの役に立ちたいのです。おそばに、おいてください」
「……、まあ、努力しましょう。あ、蜂蜜とラズベリーですか、いいこいいこ」
空落ち様に撫でられて、王子が柔らかく笑った。
「さて、何はともかく、なんであれ、酒をつくりましょうか」
それが始まり。