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「ひとつ確認をしておきたいのですが、ここは日本ではないですね?」

「二ホン?はい、ここは日本ではありません。ウォーカーです」

「……ウォーカー……」

 聞いたことがない地名だ。

「……空落ち様、何か、俺にできることはありませんか?」

 王子は私の足元に跪いて、きらきらとした瞳で私を見上げている。王子、なんだよな、本当に。いや、まあ、なんでもいいや。重要なのは、酒がない、というそのことだ。そしてないのであれば、法もないだろう。やりたい放題ってことだ。

「そうですね……」

 では、古代のものから始めるのが手っ取り早いだろう。

「蜂蜜はありますか?」

「ええ」

「高価ですか?」

「そんなことはありませんよ」

「なら……いや……でも、君は王子ですし」

「王子と言っても、俺は」

「庶民のものですか、蜂蜜は」

 王子の金銭感覚は当てにならないかと思い、白きものを見れば、「庶民的な調味料ですよ」と答えがかえってきた。なら、まあ、大丈夫だろう。

「俺は、信頼に当たりませんか?」

「信頼も信用も……、私はまだ君のことを知りません。この場所の常識と自分の常識との差異もまだつかめておりませんが、賢者というものがいるのであれば、その方の意見を聞くのは当然でしょう」

「……、……はい」

「君のことを疑っているわけではないですよ。ただ、年長者の意見は重要です」

「……あなた様がおっしゃることが全てでございます」

「では、まずは蜂蜜酒から、いきますか」

 私の言葉に、しゅん、と眉を下げていた王子に「蜂蜜を用意できますか」と聞けば、ぱあと顔が明るくなった。

「!わかりました!俺の空落ち様、何もかもすべてをご用意いたしましょう!」

「え、そんな気合い入れずとも、蜂蜜あればどうとでもなるのですが……あ、そうでした」

 蜂蜜を水と混ぜて放置すれば、蜂蜜酒となる。簡単な作り方ならそうだが、せっかくなら酒好きを増やしたい。

「甘いものは、好きですか?」

「……え?」

 きょとんとした顔の青年に、言葉を続ける。

「甘いものは好きですか?果物は好きですか?どんな味が好きですか?どんな匂いのものが、美味しいと思いますか?」

「俺、ですか?」

「ええ、君です」

「俺はあなた様のものですから、あなた様が好きだとおっしゃるものを好きになります」

「ん?」

 ん、ん?

 白きものを見れば、当然のように頷かれた。

「私たちはそういうものでございますから、空落ちによって導かれ、自己が形成されていきます」


 なんだ、それは。












 俺はお前が好きなんだ。ね、だから、俺と一緒にずっといようよ。ね、酒なんてやめてさ、健康に長生きしていこうよ。俺は、本当にお前のことを、あいしているんだよ。俺の言うことを聞いていればいいんだよ。俺の言うことが正しいんだから。お前は、そうしていたら、幸せなんだからね。











「空落ち様?」

 金髪の王子さまは不思議そうに首を傾げる。

「いかがされましたか?」

「そういうのはよくない」

「はい?」

「君は私が落ちてくるまで頑張っていたのでしょう?大事にしてあげてください」

「……はい?」

「君が今まで成し得たことを簡単に手放すなと言っているんですよ」

「俺が、成し得た、……こと?」

 灰色の瞳が揺らめいている。なんなんだ、ここ。異世界などどうでもいい。酒がないのは問題だが、そんなこともどうでもいい。 

 この子はなんでこんなに、自信ないのだ。『この子』から、誰が、自信を奪ったんだ!こんなにも美しい『この子』に、誰が、……私の……、私の?今なにか思いだしかけたのに、思い出しかけたことに気が付いたら、どこかへ消えてしまった。

「空落ち様……俺は、あなたに出会う前に何も……」

 その弱々しい声に、か、と怒りが込み上げる。

「首席だと言っていたじゃないですか!」

「あ、うう、でも、そんなの、大したことじゃ」

「大したことです!しかも、王子でしょう!」

「う、あ、でも、俺は、空落ちがいませんから、王位継承権はありません、し、その」

「私がいるでしょう!私が君の空落ちなんでしょう!いいわけをしない!」

「う、あ、はい、でも、俺は、今までひとりで」

「人は皆ひとりです!何がそんなに不安なんです!王子で、首席で、美しく、立派だ!なのにどうしてそんなに不安なのです!」

 ぐらぐらと、揺れる灰色の瞳。そのまま、揺さぶる。今聞き出さねば、この子は全部隠す予感がした。肩をつかみ、その揺れ続ける灰色を見つめる。ああ、やっぱり、『知っている』。でも、『思い出せない』。ただ、私は『この子』を知っているのだ。そうして、私の知る『この子』はこんなに、芯のない子ではなかった。そう、思うのだ。思うのだから、仕方ない。

 私は酒のみで、酔っ払いで、二日酔いだ。

 だからこそなおのこと、自分の直感は信用する。

「言いなさい」

「う、うあ」

「言いなさい!」

「だって!」

 ぶわり、と涙が零れ落ちていく。その灰色の瞳の中に、やっと、力が戻ってきた。

「俺は、……俺はまともじゃないから……空落ちもいないのにひとりで、生きてきたことなど……捨ててしまいたい、あなた様がいるなら……俺はやり直したい……全部……あなた様のものでありたい……!他のものと同じように、俺も、俺だって、空落ち様のものでありたいんだ……!」

 重い!とつい叫びそうになったが、なんとかこらえる。

 振り返り白きものを見る。

「普通、空落ちは、誰のもとにもいるのですか」

「ええ……物心つく前には……例外は、彼だけです。彼だけが空落ちの導きなく、今まで……」

「……なるほど」

 つまりこの子は、異端だったんだろう。普通、この世界の人間は決断をその、他者に、空落ちに委ねるのだ。そのなかで自分で考えて行動してきたことは、不安に満ちていた、と。だからもうやめたい、と。

 考える。

「君はいいこ」

「え?」

「頑張ってきた」

 髪を撫でて、よしよし、と慰める。

「……はい……俺、頑張りました……」

「うん、今まで頑張ってきた君がいい。君はそのままでいい。そのままの君がいいよ」

「俺は、……俺はこのままでいい?」

「うん」

「でも、俺は、空落ちもいない、化物で」

「化物でいい」

「……化物で、いい?」

 その頭を両手でつかんで、その顔をのぞきこむ。

「私は君の空落ちなのでしょう?」

「っはい、あなた様は俺の空落ちだ」

「私がいいと言うのだから、それでいいでしょう。……空落ちは、神様なんでしょう」

 この言い方は卑怯だな、と自覚しながら、そう言った。王子の瞳から揺らめきが消えた。

「私が許すというのに、何を恐れることがある」

「っはい、わがあるじ」

「よし、自信を持ちなさい」

「はい!」

「で、何が好きなのですか」

「はい?」

 私は笑う。

「甘いもの、好き?」

「えっあ、……でも」

 もう一度、なにがすき?と聞けば、やっと、彼は言葉を選びながらも、口にした。

「……俺は、その、ラズベリーパイが好きです」

「いいこ」

 ベリーか。蜂蜜と相性がよい。

「本当にいいこ、さすが私の……」

 私の?

 今なにか口をついて出そうになった。

「……空落ち様?」

 少し考えるが思い出せそうもなかった。

「俺、なにか間違えましたか?」

「なにも。君はいいこで、私は嬉しい」

「!はい、よかったです」

「蜂蜜と……ラズベリーを用意してください」

「はい!」

 美しい青年はにっこりと笑って、「蜂蜜とラズベリーを調達してきます!」と走っていった。





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