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どうしたらいいのか分からず、手を伸ばしては、下ろす。下ろしては、手を伸ばす。
「……雪くん」
「……いや、その」
「殺人未遂で警察突き出してやろうか」
「いや……もう、いっそ、その方が」
「怒るよ」
もう何度か怒られた後だったので、さすがに、それで、手を伸ばして、ドアを、ゆっくりと開く。個室の奥で、上体を起こし、目を伏せて、そこに、空がいた。点滴がささった腕は、点滴痕が目立ち、痛々しい。痩せて目立つ頬の骨も、悲しい。その瞼が動き、こちらに、その黒い瞳がむく。
驚くだろうか、嫌がるだろうか、逸らされるだろうか、そんなことばかり考えていた。
「雪」
その声は、俺を呼んだ。その目は、柔らかく、微笑んだ。
「……空」
「ごめんなさい、心配かけて」
「……謝るな」
「……ありがとう」
「うん……」
背中を押されて、病室に一歩、踏み込む。一歩、歩き出すと、自然と、次の一歩も踏み出せた。そうして、空のベッドに、腰掛けて、その、左手を、とっていた。その冷たい手がいやで、両手で握りしめて、息を吹きかけて、温める。
「ありがとう、雪」
「お礼を、言わなくていい、空。俺の、せいだろ」
「……あなたも、私のせいでしょ」
空の右手が俺の髪を撫でる。
「白髪」
「……ひどいか?」
「うん、染めた方がいい」
「……わかった」
「せめて、切った方がいい」
「わかった」
空が困ったように笑って、俺の髪から手を離す。
「まって」
「え?」
「撫でて、空」
「……なあに、それ」
「俺と付き合ってくれ。お前が好きなんだ」
いつか言った言葉を、そのまま、口にした。前に言った時のような恥ずかしさはなく、ただ、胸にあるのは、痛みだけだった。これが断られても、引けない、という事実しかない以上、この痛みは、これからくる痛みへの予想でしかない。どれほど痛くても、俺はもう、引けない。
「……また、同じことになるかも」
空は俺から目を逸らすことはしなかった。俺の髪を優しく撫でてくれる。
「ちゃんと話そう。今度は、俺も、ちゃんと、聞く」
「私が悪いのに?」
「どっちが、悪いなんてことない」
「酒飲みが悪いに決まっている」
「お前は酒飲みで、俺がお前が好きなんだから、仕方ないだろう」
空の目に俺が映っている。
「俺だって酒は飲むし」
「……うん」
「お前だって、俺が好きだろ」
「うん」
「だから、付き合おう」
高校生でもしないような、どうしようもない、告白だった。素面なのに、こんなにみっともない告白を、この年でするなんて、子どもの頃は思いもしなかった。でも、俺は子どもが思うような大人にはなれていないし、これからもきっと、空を傷つける。
「……ありがとう、雪」
空が少し、やっと、笑った。それが嬉しくて、その手に軽くキスを落とすと、くすぐったそうに、空が指を動かし、俺の指と絡めてきた。懐かしい、安心感が、そこにあった。
「……いや、どっちの意味、それ?」
不意に背後から来た声で、空の笑顔が消える。
「……先生」
「いや、どっちの意味よ、それ、っていうかもう結婚してくれない、まじで。僕もう5パターンぐらい仲人の挨拶考えているんだけど」
「先生!!」
「いや、僕が怒鳴られる筋合いないからね!!!どんだけ迷惑かけたと思ってんの、君ら!!!」
「うっるせえ!今出てくんなつってんの!!」
「ふっ、……あっはっはっ」
その笑い声に、驚く。見れば、確かに、空が、向日葵みたいに、笑っていた。




