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 その手が、あまりにも、冷たい。

「ごめん」

 自分の口をついて出てきた言葉は、あいつがずっと投げつけてきたものだった。これを言われるたびに、これ以上、近づくな、触るな、話はおしまいだ、と切られる感覚があった。俺は、全部を知りたかった。あいつは、その痛みを、隠し続けた。いや、向き合いたくなかったのだろう。逃げていたその痛みに、俺が何度も向き合わせようとした。

 その行為なんて、意味なんてなかった。俺の自己満足だ。

「待ってくれ……、俺、は、なんで、こんなっ馬鹿なんだ……っ」

 その方が、お前が楽になるのではないか、という、俺の勝手な自己満足だ。お前のことなんて本当は、全然、考えていなかったんだ。お前の痛みを抱えて歩けるような気さえしていた。それは、お前が傍にいたからだったのに。あの万能感は全部、お前がいてくれたからだったのに。

「お前が、生きていれば、それで、いい」

 強くはない。

 こいつは、全然、強くなんてない。

「……なあ、頑張らなくていいから……」

 俺が、こいつを、追い詰めたんだ。

「俺を憎んでくれ。俺を恨んでくれ。俺が、悪い、全部悪い。なあ、だから」

 どうして、こいつが、こんな風になっているのに、俺は、自分のことばっかり、考えていたのだろう。

「怒ってくれ」

 たしかに、こいつだって、俺を好いてくれていたのに、どうして、それすら、疑ってしまっていたのだろう。

「空」

 俺を切り捨てて、こいつが、生きられるはずもない。

「……生きて……」

 その瞼は重く閉じたまま、自発呼吸すら、戻らない。その手を握っても、どれほど握っても、熱が戻らない。息を吐いて、その手をこする。こんなことをしても皮膚が赤くなるだけだ。わかっている。

「殴ってくれよ、……寝てんじゃねえよ、死ぬんじゃねえよ、なあっ……」

 涙が止まらないし、言葉は喉に来る前に潰れていく。モニターでは、安定した波形が、その心臓が動いていることは教えてくれる。でも、起きない。顔色は悪いし、最後に見たときより、ずっと痩せた。その長い黒髪は、艶めきを一切失っている。中身が全部抜け落ちて、ここにいない。

 それでもいい。ここにいてほしい。

 俺のものでなくていい。俺も、これのものじゃなくてもいい。それでも、生きていてくれなきゃ、駄目だ。

「っゆきくん!」

 ドアが開き、先生が駆け込んでくる。でも先生は、空じゃなくて、真っ直ぐ、俺の元に走ってきた。

「落ち着きなさい、息をしてっ」

「え……ぁ」

「死なないから!こんなことで人は死なないっ」

 その瞬間に、息が出来ていないことに気が付く。両手で口を覆い、吐いた息を吸い込もうとするが、手が、動かない。先生が俺を抱き込んで、背中を強く叩いてくれる。つまっていた、何かが、吐きだされる。

「ぅあっげっうえっ」

「ああもう、わかった!吐いてしまえ、全部!君たちは本当に手間がかかるっ!!」

「ごっ、ごめっ」

「謝る前に吐け!」

 




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