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「あつ、い……」
声がして、目を開く。
「……あついよ」
腕の中の空落ち様が汗をかいていた。
「もえ、てる」
「うん」
たしかに、あたりには炎がまわってきていた。
「……もえちゃうよ?向日葵」
「燃えて、死ぬのは、いや?」
彼女の黒い瞳が、怯えるように揺れる。その黒い髪を梳いてから、その頬を撫でる。
「どうやって死にたい?」
「ひまわり……」
「俺が一緒なら、ひとりでは死なないよ……寂しくないだろ?」
「……でも、くるしい」
その手が俺の頬を撫でる。
「いたいよ、ひまわり……逃げないと」
「どうして?」
「だって、お前が死んでしまう」
「一緒に死のうと、言ったじゃないか」
その月のような瞳は、いつだって優しい。
「本当に、死んでは、だめだよ」
私の言葉に、彼は、柔らかく笑う。
「偽物のように死ぬなんて、難しいことを言うな。本物も偽物もねえだろ、人間に」
「言葉遊びはしてない」
「好きだろ、言葉遊び」
「好きだけど、そうじゃなくて」
「お前が死ぬのに、なんで、俺が生きていなきゃならないんだ」
その手が私の髪を梳いて、私の頬を撫でる。とても大切なものを取り扱うように、その指先に、力はない。
「私が死ぬのと、あなたが、死ぬのは、全然、違うじゃない」
「どうして?」
「関係ないでしょ、私と、あなたは」
「関係?なきゃいけないのか?」
その指先を掴めば、彼の目が驚いたように、見開く。
「あなたと私は、他人じゃないか」
「……ああ、そうだな」
「なんで、私が死ぬのに、あなたが、ついてくるんだ」
「そんなのっ」
強く、手を握り返される。
「好きだからに決まっているだろう!」
「そんなのっ、理由にならない……」
「お前が落ちるって言うなら、俺だって、どこにだって落ちてやるっ!お前がどこに行こうが、ついていってやる、逃がさない、絶対に……!」
「なんで、そんなこと、言うの」
「知るかよ!言葉にできなきゃいけないのか……、お前は何も言わずに去って行ったのに、俺が追うのには理由がいるのか?」
その涙が雨のように降ってくる。ばたばたと、落ちてくる。酒のにおいがする。彼の手を握る。その手がとてもあたたかくて、なのに、その顔色がとても悪くて、怖い。その目は、焦点がもう、合っていない。
「ゆき」
「……そら?」
声だけは出ているけれど、その口の端には泡がついている。
「……どんだけ飲んだの、ゆき、だめよ、あなた、死んでしまう」
「お前に、言われたくない」
「お酒に、迷惑をかけるなんて」
「それこそ、お前に言われたくない……、……空?俺が見えている?」
彼が私の背中に手を回し、ゆっくりと、起こしてくれる。くらくらと、頭が揺れて、痛い。気持ちが悪い。頭が痛い。吐きそうになって、その胸に縋りつけば、とん、とん、と背中を撫でられる。
「見えるか?」
「……うん、見える」
「好きだ」
「え」
「好きだ、空、頼むから、俺を好きになってくれ」
「……へ?」
見上げれば、彼は真剣だった。酔っているなりに、真剣な顔をしていた。
「何度だって口説き落とすって決めたんだ。お前が俺を見えているなら」
「……素面の時に頼んでもいいかしら」
「そうだな、……そうだな、救急車呼ぶぞ」
「へ?」
「俺はもうもたない」
「えっ」
彼が震える手で携帯を取り出した。が、それが、こぼれて、落ちる。手を伸ばして、拾う。
「着信、すごい、来てる……」
「先生だろ」
「……うん」
何故か、涙が落ちた。
「お前、さ、……先生の方が好きなの?」
「……はい?」
「たしかに、俺、馬鹿だけど、俺だって、役には立つ……」
どこかで聞いた言葉だ。
「……しらない、そんなの……」
「知らないって……空?……おいっ空!!」
声が遠くなっていく。ひどく、疲れていて、ひどく、眠たかった。それに任せるままに、息を吐いた。




