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 彼らはひとつの動物みたいだった。











 あまりにもそれが馴染んでいて、とても離れるところが想像ができないぐらいだった。

 だから彼らが別れた時は、ぴたりとくっついていた皮膚が、内蔵が、心が、引きちぎられたのだと、分かった。傍から見ても、その痛みの深さは、流れた血の量は、致死量だと、分かった。それほど明らかなことなのに、彼らは平然と振る舞おうとした。僕は止めたけど、彼らはそう見せようとし続けた。問題ない、恋人だってよかったけれど、ちゃんと友達に戻れる、だってとても大切だから、と何度もうそぶいた。

 結局、先に壊れたのは、彼の方だ。

「先生」

 澱んだ瞳と、震える指先。

「どうしよう、俺……」

 まばたきをするだけで、その少し色素の薄い灰の瞳から、涙が落ちていく。

「死にたい」

 失恋で死ぬなんて生産的じゃない、なんて、きっと元気な頃の彼なら言っていただろう。でも、その時の彼にそんなことを言ったら、へらりと笑って、そのまま死ぬと分かった。

 そもそも、人間は生産的な生き物じゃない。だって、僕らは植物ではないのだ。それよりも、もっとたくさんの栄養が必要で、もっと無駄なことをたくさんしなければ、生きていけない、どうしようもない生き物なのだ。特に人は、簡単な言葉ひとつで、壊れてしまうほど、弱いのだから。

「雪君」

「だめなんだ……、何も、考えられない。だから……」

「来なさい」

「え?」

「君は、毎日、ここに来なさい」

「でも」

「ここに来るだけでいい。座っているだけでいい。だから、ここにいなさい」

 どれほど使えなくなろうが、僕が彼を手放したら、その才ごと、死んでしまうと思った。だから、まず、僕は彼の手を取った。彼の方が大事だったとか、彼を選んだとか、そういうことではない。単純に、彼が死にそうだったから、その手を掴んで、とりあえず、彼から、引きずりあげようとした。

 そうしていたら、彼女が落ちた。

 連絡がつかなくなり、探しに行ったら、ぼろぼろの、ぐちゃぐちゃで、転がっていた。

「……長く、休んでしまって」

「そんなのは全然いい。大丈夫だから」

「ご迷惑を」

「いいんだ。帰っておいで」

「どこに?」

「僕らの場所にだ!いいかい?一回ちゃんと雪くんと話し合ってっ」

「いいえ」

「は?」

「退職させてください」

「っだったらっ!!……」

 だから、最初から付き合うな、等と、言ったってよかった。

 でも、彼らが終わってしまうなんて、僕だって思わなかった。彼らなんて、本当に思っていなかっただろう。何故ふたつの体で生まれたのか、と感じてしまうぐらいお似合いだった。そのせいで、ほんの少しの食い違いを許せずに千切れるという、そんな当たり前のことに、どうしても思い至らなかった。

「だって、私のせいだ。私のせいだ……私がいなければ、ずっと、平和だったのに……」

「そんなこと言わないでくれ。楽しくやっていたじゃないか」

「職場で、恋なんてした、私が悪い」

「恋に悪いも良いもないよ、……雪くんがあんな風に笑うの、僕は10年一緒にいて、初めて見たんだよ?」

「そうして、あんな風に、泣かせてしまった」

 そんなおしまいは、考えたくもなかった。

 もっと、僕が上手くたちまわってあげていれば、ここまでひどいことにはならなかった。

「今は、私を、逃がしてください、先生……今は何も考えたくない。そうでなければ、生きられない」

「生きられないって……」

「だって、生きていても、痛いだけ」

 僕は、彼らが好きだった。

 彼らがふたりで、にこにこしているのを見るのが好きだった。ただ、それだけだった。だからって、自分よりもはるかにでかい若者二人を担いで生きていける程、僕は若くはないし、強くもない。かといって、彼らを見捨てて、にこにことひとり笑っていられるほど、耄碌もしていない。

「逃がしてあげてもいい」

「先生」

「でも、僕は、君を待っている。いつでも待っている。だから、早く帰ってきてくれ」

 でも、何よりも、僕は、寂しがり屋だ。

「……先生、私、死にたい」

「ウソを言っちゃいけない」

「でも」

「いいかい?……必ず、帰ってくるんだよ、その時に、僕がいなくてもいいから」

 大事な友人たちが、死にたくもないくせに、生きにくいからという理由で、気軽に死ぬことを選ばせてあげられるほど、ひとりには慣れちゃいない。僕は彼らの仲人として、にやにや、にこにこしながら、彼らの杯に酒を注いで回りたいだけなんだ。そんな些細なことができないなんて、僕は、絶対に、何があっても、認めない。



「……雪くん、早まっちゃいけないよ、いいかい?僕が行くまで、そこにいなさいね」

「先生、……先生、ごめんなさい」

「理由もなく謝るのはよしなさい」

「ごめんなさい」

「駄目だよ、雪くん」

「だってもう、生きていたって、意味がない」

「生きること自体に、意味なんていらないよ」

「先生、俺の退職届は、机にあるから」

「いらないよ、そんなの」

「あいつ、どこいるか、わかったから」

「駄目だって言っているだろ?聞きなさい!」

「あいつと生きられないなら、あいつと、死ぬ」


 こんな話を聞くために、僕は彼らの先生であったわけではない。絶対に、そんなのは、認めない。



 


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