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「結婚しようか」
「え?」
その時になって、初めて気が付いたのだ。
恋や愛ではない。家族という括りこそが、私たちを、殺した、というその事実に。私さえいなければ、彼らは生きられた、という、その罪に。彼の笑顔を見たときに、やっと、思い至ったのだ。本当に遅すぎる、気づきだった。
私は、償えない罪を、償う努力すらせずに、見ようとも、してこなかったのだ。
「むり」
「え?」
「それだけは、絶対に、できない」
「だから、私は、ここに落ちてきた」
割れた卵を膝に置いて、彼女はそこに座っていた。
小さな家の残骸、焼けたものの匂い、焦げて残る、その生活のあと。その真ん中に、彼女は座り込んでいた。
「空落ち様」
「うん」
ゆっくりと、彼女が顔を上げる。泣いているかと思ったけれど、彼女は笑っていた。
「ありがとう、向日葵。迎えに来てくれて」
「あなた様の役に立てたなら、何よりです」
彼女に手を差し伸べると、膝の上の卵の欠片を見て、困ったように首を傾げる。
「立てないや」
「では、俺が持ちましょう」
「いいの?」
「ええ」
膝をついて、彼女の肩に手を回し、その膝の下に腕を差しこむ。その卵の欠片をおとさないように、ゆっくりと、彼女を抱き上げる。
「重いでしょう?」
「少しも」
「そうかな」
「ええ」
彼女の腕が、俺の肩に回る。その黒い髪が、さらさらと、俺の腕をくすぐる。
「重いでしょう?」
その声は、やはりまだ、泣いてはいない。
「あなた様の痛みを、俺が背負ってもいいのなら、嬉しいだけです」
「そんなはずない。こんな、何も楽しくない、終わってしまった話なんて」
「意味なんていらない。ただ、あなたの声、あなたのことだから、嬉しいんだ」
ばらり、と彼女が、自分で、卵の欠片を、落とした。
「それでも、俺はあなた様には、なれない」
抱きしめたその体は、やはり冷たい。
「あなた様の代わりに、生きてはあげられない」
「……そう、だね」
「あなたは、あなたで、俺は、俺だ」
「……うん」
地面に膝をついて、卵の欠片を拾う。
「それでも、俺は、あなたごと抱き上げることはできます」
「……でも、重いでしょう?」
「全然」
卵の欠片を彼女の膝の上に戻そうとしても、彼女は、俺にしがみついて、動かない。
「重いんだよ。だって、私は、普通じゃない」
「誰が普通になんて生きられるのでしょうか」
「あの人は、普通だ。普通に、良い人だった」
彼女はぎゅうと俺に抱き着いて離れない。だから、その卵の欠片は、俺が飲んだ。俺の腹に、入れてしまえばいい。彼女が泣くなら、俺が全部飲めばいい。そうすれば、きっと、彼女は、笑ってくれるのだから。
「向日葵……お前は、あたたかい」
「ええ、あなた様のために」
「ありがとう」
彼女を抱いて、立ち上がる。
「帰りましょう、空落ち様」
返事はない。
「どこへだって行きましょう、あなたの望む場所へ、俺は、あなたを運びます」
「もう、帰れないの、だって、私は逃げてきた」
「いいえ、我が主」
卵の欠片はしょっぱい、悲しい涙の味がした。
「俺はあなたの向日葵。どこへだって、連れて行くよ」
「……向日葵」
その声が耳たぶに当たる。
「私が死にたいって言ったら、一緒に死んでくれる?」
それはとても柔らかい声だった。笑っているかのような声だった。泣いてはいなかった。
「いいよ」
だから、強く、ただ、抱きしめた。焦げた家から、また、火が、上がり始めていた。




