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「離せ」
「今、離すわけにはいきません」
「ならば、その腕がいらないのだな」
どうしてこうなったのか、と思いながら、ロイグの腕の中で般若になってしまった向日葵を眺める。このふたり、やっぱり私のせいで仲が悪いのだな、と思いながら、ひとつ、息を吐き出した。
「どう見ても、空落ち様の体力は限界です」
「っでも」
「わがままが過ぎます、王よ」
「俺は、っだって、ずっと!」
「待つ身の辛さより、待たせる身の辛さを考えなさい」
太宰みたいなこと言い出した。まあ、たしかに体力的に限界だったので、ロイグの胸にもたれて、目を閉じる。なぜ、こんなに疲れているかといえば、酒がないからだ。酒を飲んでいれば、何も考えずに、朝まで眠っていられる。でも、ここには酒がないし、背後はイケメンだし、あたたかくはあっても、朝までは眠れない。
ひとりでなければ、私は眠れないのだ。
「あなたは空落ち様のものであるのでしょう?」
「そうだ!」
「なら、空落ち様の優しさにつけいるのはやめなさい」
「……先生だってわかるだろ!」
「いや、私はひとりで眠りたいので、わかりません」
淡々と返事をしているロイグの声と、周りをびゅんびゅんと強い風が走る音、それから背後で壁が破壊されていく音がする。私に当てるつもりはないだろうけど、ロイグを殺す気は満々らしい。
「「困った子だな」」
私とロイグの言葉が、意図せずに重なった。
目を開けて、ロイグを見上げると、ロイグは思った通り苦笑していた。
「かわいい子なのですが」
「ええ、本当に……困ったものですね、どうしようかな……」
「……空落ち様、しっかりと、意思を持ってください」
「意思?」
「ええ、あなたの意思こそが我らの道しるべ。……押されても、流されてはいけませんよ」
「……でも、私は、……そこまで……強く求めるものなんて……」
「酒ですか?」
「酒は飲みたい!」
つい顔が笑ってしまうのがわかる。ロイグもまた嬉しそうに笑う。
「なら、それをしっかりと持って、そうして、他のことも決めなさい」
「他のこと?」
「ええ、美味しく酒を飲むために」
「……なるほど」
般若になっている向日葵を見る。
「寝不足だと味覚が衰えるから、別に寝たい」
「そ、そんなっ……」
「酒ができるまでに万全に整えたい」
「さけ……っくっ……かしこまりましたっ」
「あと風止めて。寒い」
「ッ申し訳ありません!」
風が止まったので、ロイグの腕を抜けて、向日葵の元に向かう。涙目から、ぽた、と水が落ちる。
「向日葵、嫌いになった?」
「何をですか?」
「私のこと……わがままだから」
「まさか!俺はあなた様のものです。っ……むしろ、俺のことを……」
「……ならないよ」
向日葵が床に膝をついて、私の腰にすがりついてくる。
「私は、……向日葵の思う通りの空落ちになれないけど、いいの?」
「あなた様は俺の思う通りなど!動かなくていい。むしろ、俺が、あなた様の思う向日葵ではないのかもしれない……っ」
「……ああ、そうか、そういうことだったのか」
その金色の髪を撫でる。その白い頬をなぞって、その綺麗な鼻をつまむ。驚いたように向日葵が私を見る。大きな灰色の瞳だ。目の下を軽くなぞると、残っていた涙が落ちていった。
「ちゃんと、話そうか。納得いかないこと、ばっかりでも、……ちゃんと話すから、ちゃんと聞いてね、向日葵」
「はいっもちろん!」
「私もちゃんと聞くから、……ちゃんと話してね」
「……はい」
はちみつみたいに、甘く、とけるような笑顔だった。その赤くなった頬を最後に撫でる。
「じゃあ、また明日ね」
「くっ……また、明日、必ず、すぐに、お呼びくださいね」
「うーん」
「空落ち様っ」
「善処します」
「はい!」
この断り文句を知らないのかと思いつつ、向日葵を引き剥がす。
「……空落ち様」
「善処します」
社会人経験が長いであろうロイグが白い目でこちらを見ていたが、無視した。




