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「吐くまで飲んでみるかい?」
「……そういう、節操のなさは、周りの人間を傷つけます」
「そうだね」
「先生は私をどうしたいんです」
「酒飲みにしたい」
「……はあ」
先生は、斜め前に首をかくん、と傾ける。にんまりと笑う。
「僕は悪い大人だから」
「先生、私の父の話、しましたよね?」
「聞いたねえ」
「だったら」
「なおのこと、君には楽しくお酒を飲んでほしいのさ」
「……楽しく?」
「そう、楽しく」
先生は、私に同情なんてしてくれない。気を遣ってなんてくれない。ただ、先生は、私を先生好みの助手に育てるだけだ。さりげなく、私の杯に酒をついで、さりげなく、私の話を聞き出し、さりげなく、私の懐に入り込み、私の信頼を持っていく。
「……先生、ずるいですよ」
「0と1じゃないんだよ、世界は」
「え?」
「酒が悪いなんてことはないんだ。酒飲みが悪いってこともないんだ。ただ、人間ってのは弱っちくて、心とかいう包括的な概念に引っ張られてしまうんだ。生き物として、人間は中途半端なんだよ」
「植物は?」
「……僕らは植物にはなれない」
「……酒飲みにはなれるけど?」
「そういうこと」
私は、先生にお酒を教えてもらえて、本当によかった。それだけは、たしかだ。
「しぇんしぇ」
「なあに」
「ドーナッツって穴があるじゃないですか」
「あるねえ」
「あれは始めから穴なんでしょうか?」
「ん?」
「穴は周りが囲われているからこそ穴ですが、囲われていなければそれは穴ではなく」
「君は面白い酔い方をするなあ」
「私たちは私たち単体では穴なのでは?」
「ふぁ?なんだって?」




