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「空落ち様!」
目を開くと、太陽のように、輝く金色。
「……向日葵」
「うなされていて……」
「起こしてくれたの?」
その髪を撫でると、彼はなぜか悲しそうな顔をしていた。
「夢の中まで、迎えに行ければいいのに」
私の手を取って、自分の頬に当てて「力及ばず、申し訳ない」とまるで頑張ればできるかのようなことを言う。それが可愛くて、つい笑ってしまった。
「ありがとう、向日葵」
「……お役に立てたのでしたら、よかった」
「十分だよ。ああ、寝てしまった……大学、着いた?」
「いえ、間も無く」
「そう」
起き上がろうとしたら、優しく、肩を掴まれた。
「もう少し、お休みの方が」
「大丈夫」
「でも」
「今は寝る方が怖いよ。起こして、向日葵」
「……わかりました」
起き上がると、体に重さが戻ってきたかのような、疲労感があった。
「……空落ち様」
「なあに、ロイグ」
「……どんな夢を見られていたのです?」
「わからない、でも、……私の夢だ……」
そうして、あれが、ただの夢ではないとも、どうしてか、分かった。
「生きていくことは傷を負うことだ」
口から言葉がこぼれていく。
「夜が来る……どこもかしも鉄と煙の匂いだ。爆音が続いていく。遠くから、近くから、卵のように、ごろごろと、音を立てて、闇が転がり落ちてくる。逃げなくてはいけないのに、どこが先かもわからない。目も耳も鼻もきかないのに、誰が正しい道を見つけられるんだ……」
頭痛は続いている。
「俺の空落ち様」
「……向日葵?」
その灰色の瞳は、静かに私を見ていた。
「俺が、見つけます」
「……え?」
「俺が、あなた様を、いつだって、見つけます」
その金色の髪はどんな時でもきっと輝くだろう。
「だから、安心してください。どれほどの闇が襲い掛かろうと、すべてが卵に還ろうと、必ず、俺があなた様を守ります」
「……そうか」
手を伸ばす。
「いいこ、いいこ」
この子がかわいくて、私は嬉しい。
「ありがとう、向日葵」
「……あなたのために、俺は生きている」
「ううん、違うよ、向日葵、それは違う……でも、そうだね」
二日酔いのように痛む頭が、ひとつ、真実を見つけた。
「お前が私を見つけるんだね」
「っはい!」
「わかった、……それなら、どこにだって、行ける」
まだ、酒はできない。……まだ、飲むわけにはいかない。
「どちらへ行くのです?」
「……今はとにかく、大学。早く謝らないとね?」
向日葵は何か言いたそうに口を開いたが、結局言葉にはせずに、微笑んだ。
「ええ、……あなたが許してくださるなら、俺はまだ、学びたいことがたくさんある」
「うん、それはいいことだ」
「はい」
「たくさん学んでね」
「わかりました!」
ロイグが何か言いたそうにしているのは分かったけれど、目だけで、それを制した。
結局、理事長室に入った時点で、無断欠席、講義休講など、なかったことになった。四権の半分があるのだから、通らない意見などないのだ。なのに、空落ち様も、王も、それを不思議そうに眺めていた。
若い恋人たちにしか見えないふたりは、それでも、この世界の半分の力を得ている。当人たちがその重さを理解する前に。
私は、この老いた身で、どれだけ、彼らの道を守れるだろうか。命を懸ける程度で、どこまで、彼らの行く末を見守れるのだろうか。
今はいない、私だけの空落ち様、どうか、炎の加護を。私は彼らと、酒というものを飲んで、笑って、それから死にたい。それだけが、今の私の、唯一の願いだ。




