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 夢の中では全てが灰色で、どこか、遠い。

「旦那様ったら」

 それは小さな女の子だった。

「どちらへ行かれるのです?」

 口を尖らせて、分かりやすく拗ねる。なんて愛らしい子どもだろう。

「どこへだって、わたくしを連れて行かなくてはなりませんよ」

「……どこへも行かないよ。ここ以外のどこに身を置けようか」

 自分の口からこぼれた言葉は疲れきった意味合いなのに、声色は、甘く、弾んだものだった。

「じゃあ、どうして外套を着ていらっしゃるの!」

「寒いんだよ……私はお祖父さんだからね?」

「体はどこも老いてもいらっしゃらないくせに!もう!」

「ああ、拗ねても可愛いなあ、この子猫は……」

「また子ども扱いなさる!」

「子どもじゃないか、哀れな子どもだ。こんな老人のところに嫁がされるなんて……時代錯誤もいいところだ」

 そう言いながらも、自分はその小さな子を抱き上げる。その子は大きな瞳でこの顔を映す。ああ、これは、あの王だ。私は今、あの王の、記憶を見ているのか。

「お前は、このお祖父さんの子どもを作れって言われているんだよ……?この瘦せ衰えた男に抱かれる苦痛に耐えろと……。わかっているのだろう?お前は小さいが、賢い子だ。どれほどの不幸か……」

「それがわたくしの喜びでございます!」

「……、どうせ、無駄に終わることだ……」

「旦那様!無駄なものなど、何もありません!何よりも、わたくしは旦那様を愛しているのですよ!旦那様の御子を産めるなら、これ以上ない、幸福でございます!」

「かわいいことを言ってくれる……こまった、……俺はもう、随分前に、いろいろなことを忘れてしまった。何も返せない。お前の不幸に、何一つ、報いることができないんだ」

「数えられるものなど、結構!返していただきたいのは心からの愛だけ!」

 腕の中の子は、はつらつとした声で、そう言い切った。

「旦那様、あなたは必ず、わたくしを愛しますとも!だって、わたくしが毎日、あなたを口説くんですからね!」

「……それは怖いなあ……」

「うふふ、それで、どちらに行かれるんです!」

「……仕方ないな、ついでおいで……」

 その金色の髪の女の子からは、ひだまりの匂いがした。

「ねえ、あなた」

 耳元で、その愛らしく、優しい声。

「お早いお戻りを、我が主人」

 それは、たしかに、あの声だった。

「どこへ、戻れと言うの」

 その声は、たしかに、私のものだ。気がつけば、抱いていたものは、卵だった。その卵にヒビが入っている。中から何かが、こつこつと、外に出ようと、蠢いている。

「私は逃げているのに」

「我が主人」

「どうして私を呼ぶんだ」

「私はあなたのもの」

「私のものだったものなんて、何一つない!」

 殻のカケラが、落ちる。

「誰なんだ……お前は、誰なんだ……」

「我が主人」

 その声が淀み、濁り、落ちたカケラの形の闇から、何かが、こちらを覗いている。

「あなたが逃げるから、こんな姿になってしまった」

 ぱきぱき、ばきばき、ごきごき、と音を立てて、闇が、広がる。

「あなたが、我が主人」

「ちがう、……ちがう!お前なんか知らない!」

「お戻りを」

 闇が私の肩を掴む。

「時は、もう、ここに」





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