4
夢の中では全てが灰色で、どこか、遠い。
「旦那様ったら」
それは小さな女の子だった。
「どちらへ行かれるのです?」
口を尖らせて、分かりやすく拗ねる。なんて愛らしい子どもだろう。
「どこへだって、わたくしを連れて行かなくてはなりませんよ」
「……どこへも行かないよ。ここ以外のどこに身を置けようか」
自分の口からこぼれた言葉は疲れきった意味合いなのに、声色は、甘く、弾んだものだった。
「じゃあ、どうして外套を着ていらっしゃるの!」
「寒いんだよ……私はお祖父さんだからね?」
「体はどこも老いてもいらっしゃらないくせに!もう!」
「ああ、拗ねても可愛いなあ、この子猫は……」
「また子ども扱いなさる!」
「子どもじゃないか、哀れな子どもだ。こんな老人のところに嫁がされるなんて……時代錯誤もいいところだ」
そう言いながらも、自分はその小さな子を抱き上げる。その子は大きな瞳でこの顔を映す。ああ、これは、あの王だ。私は今、あの王の、記憶を見ているのか。
「お前は、このお祖父さんの子どもを作れって言われているんだよ……?この瘦せ衰えた男に抱かれる苦痛に耐えろと……。わかっているのだろう?お前は小さいが、賢い子だ。どれほどの不幸か……」
「それがわたくしの喜びでございます!」
「……、どうせ、無駄に終わることだ……」
「旦那様!無駄なものなど、何もありません!何よりも、わたくしは旦那様を愛しているのですよ!旦那様の御子を産めるなら、これ以上ない、幸福でございます!」
「かわいいことを言ってくれる……こまった、……俺はもう、随分前に、いろいろなことを忘れてしまった。何も返せない。お前の不幸に、何一つ、報いることができないんだ」
「数えられるものなど、結構!返していただきたいのは心からの愛だけ!」
腕の中の子は、はつらつとした声で、そう言い切った。
「旦那様、あなたは必ず、わたくしを愛しますとも!だって、わたくしが毎日、あなたを口説くんですからね!」
「……それは怖いなあ……」
「うふふ、それで、どちらに行かれるんです!」
「……仕方ないな、ついでおいで……」
その金色の髪の女の子からは、ひだまりの匂いがした。
「ねえ、あなた」
耳元で、その愛らしく、優しい声。
「お早いお戻りを、我が主人」
それは、たしかに、あの声だった。
「どこへ、戻れと言うの」
その声は、たしかに、私のものだ。気がつけば、抱いていたものは、卵だった。その卵にヒビが入っている。中から何かが、こつこつと、外に出ようと、蠢いている。
「私は逃げているのに」
「我が主人」
「どうして私を呼ぶんだ」
「私はあなたのもの」
「私のものだったものなんて、何一つない!」
殻のカケラが、落ちる。
「誰なんだ……お前は、誰なんだ……」
「我が主人」
その声が淀み、濁り、落ちたカケラの形の闇から、何かが、こちらを覗いている。
「あなたが逃げるから、こんな姿になってしまった」
ぱきぱき、ばきばき、ごきごき、と音を立てて、闇が、広がる。
「あなたが、我が主人」
「ちがう、……ちがう!お前なんか知らない!」
「お戻りを」
闇が私の肩を掴む。
「時は、もう、ここに」




