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「王様って、何をするんでしょうね」

 私を担いだ状態で、向日葵は即位の言葉を述べた。恥ずかしすぎて、よく聞いていなかったが、良い王様になります!みたいな新入生代表挨拶みたいなものだったように思う。

 その鈍く光る灰色の王冠は、向日葵の瞳の色で、その額によく似合ってはいる。でも、この黒い玉座は、あまり似合っていない。もっと違う色にしたほうがいいのに、と思うが、そんなことを口にしたら、即日金色になりそうなので、黙っておく。

「王は四権のひとつですから、この世界の行先を決めることが仕事です」

「この世界、国は一つですか?」

「ええ、国境というものは前王がなくしました」

「それは、すごいことですね」

「……戦争が内紛になっただけ、とも言えますが、そうですね……前王の功績と言えるでしょう」

「……、そうですか」

 私からすれば問題は酒がないことで、それ以外には何もない世界のようだ。

「俺にとっては、世界より、あなた様です」

「それは、王様としてどうなのだろう……」

「王がいようがいまいが、民は勝手に幸せにやっております。ね!」

「ね!って……まあ、それは、わからないでもないけれど」

「俺はずっと、ただ、あなた様を待っていた。これから、やっと、あなた様を幸せにできる……こんなに嬉しいことはない。他のことなど、全部、後でいいのです」

「……その手はなんだい?」

「俺の膝に!」

「……」

「……乗ってあげてください、空落ち様。また泣きますよ」

「はい!泣きます!」

「……、向日葵、では、お膝に失礼しますよ」

「はい!」

 向日葵を私を抱きしめるのがデフォルトになってきている。困ったな、と思いはするのだけれど、その手は私の冷たい手先を温める以外のことはしないので、大きな犬に懐かれていると考えることにする。顔を見なければ、ゴールデンレトリバーっぽい色だし、大丈夫、変換できる。

「俺は絶対にあなた様を幸福にいたしますから」

「幸福とはなんでしょうね……」

「あなた様のおっしゃることが全てです」

「私が言うこと?」

 お前は俺の言うことを聞いていればいい。

 そういう男もいるというのに、この王様はただ楽しそうに「ええ、あなた様の思う、幸福を、あなた様にあげたいのです」などと言う。どちらが楽か、どちらが自由か、どちらが、幸福なのだろう。

「……、いいこ、いいこ」

 その金の髪を撫でてから、ロイグを見上げる。

「さて、……では、まずは、どうしましょうか」

「さあ、どうしたものでしょう……この国で王が代わったことを体験しているものはいないのですよ。あの王が、最高齢でしたからね……過去の文献を読み込んでみても、今とは時代が違いすぎます」

「……思っていたよりもずっと、大変なことをしてしまったのかしら」

「いいえ、遅過ぎる采配だったというだけです。あの者は生きていい年月を超えていた。やっと、休めるのです」

「……、……死がお休みっていうのは……」

 あんまりな話だな、と思ったけれど、ふたりともそのことは全く気にしていない様子だったので、口にするのはやめておいた。考え方が違うのだ。世界が違えば常識も違うだろうし、郷に入れば郷にしたがえ、というものだ。要は、異国では異国の酒を、というだけのこと。

「あなた様、そんなに、考えないでください」

「そうは言われても、王様ですよ?」

「俺は、学生の身分に変わりありませんし、先生も先生です。あなた様は、変わらず、俺の空落ち様です。権力があろうがなかろうが、本質は、何も変わりはしません」

「……ああ、そういえば、君たち、大学はいいのですか?」

 私の言葉にふたりはパチパチと瞬きをした後、同時に、「あっ」と言った。それは、今まさに思い至った、というときにあげる声だったし、全く考えていなかったという顔だった。

「あっ、って……」

「私の講義は休講になっているでしょう」

「俺は無断欠席になっているでしょうね」

「悪くて辞職なので、大したことでは……」

「そうですよ。俺は留年か……退学か……」

 目の前の美丈夫の顔が青ざめ、後ろの青年の声が沈んでいる。

「……大学に行きましょうか。事情を説明して、許してもらいましょう。首席が留年なんて、そんな話はありませんよ……安心なさい、向日葵」

「えっ、いや、俺などのために」

「行きますよ」

「……しかし」

「ロイグ、あなたも職を失うと困るでしょう」

「王宮に入れた以上、……他にも、仕事はあります」

「子供の成長を見守れる仕事はそうありません。……とにかく、行きましょう」

 立ち上がろうとする前に、私を姫抱きにして、向日葵が立ち上がってしまった。おりそこねた。

「俺の空落ち様は美しく、優しくいらっしゃる」

「……当たり前のことを言っているだけと思うけれど」

 手を伸ばし、ニコニコと笑う、その頬を撫でる。すりすりと鼻を寄せてくるのは、まさに犬だ。慢性的な頭痛が、疲労とともに、重くなっている。それでも、この子はいいこで、私は、嬉しい。

「ロイグ、大学へはどう行くのがいいのでしょう」

「そうですね、飛びましょうか」

「とぶ……」

「もしくは馬車か……飛ぶ方が速いですよ?」

 また昨日よりも若くなっているように見える白き賢者様は、特にふざけている様子はなかった。真顔だった。淡々と、飛ぶことと、馬でいくことを、同列に、提案している。

「……馬で」

「空落ち様は地を行くことがお好みですか?」

「……まあ、その、飛んだことないので……」

「落ちてこられたではありませんか!」

「落ちるのと飛ぶのは多分違いますし、単純に高いところは怖いじゃないですか」

「飛ぶのはやめましょう!絶対に!何があろうとも!」

 向日葵はそう叫んだ後に私の首に頭をぐりぐりと押し付けた。どうやら慰めてくれているようだが、それより先に降ろしてくれ、という気持ちもある。

「うん、ありがとうね。じゃあ、まあ、行きましょう。向日葵、歩けるから、降ろしてくれる?」

「いやです!」

「私のおっしゃることが全てなのでは……?」

「今はだめです!」

 ロイグに助けを求めて視線を投げると、満面の笑みを返された。見捨てられたとわかったので、ひとつ息を吐いて、痛む頭を向日葵の首にあてて、目を閉じた。





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