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「偏に、私が至らなかったためでございます」
一辺倒にそれだけ言い続け、他に何もなく、ただ、それだけを理由に、仕事も辞めて、親も捨てて、家も捨てて、逃げ出した。日本にいる限り、おそらくあれほどいい職場もないだろうとわかっていたけれど、もう、とても居られなかった。あの場所は、あまりにも閉鎖的で、逃げ道がない。
「敵意の方がまだましだよねえ」
先生はおっとりと言った。
「好意っていうのは底もなければ、期限もない。怒りは疲れるから、その内、概念みたいになっていくけどさ、恋は、ひたすらに落ちるものだからねえ」
「なんでそんな話をするんです?」
先生は首を斜め前に曲げる。首を傾げているようにも、頷いているようにも見えるし、そのどれでもないように見える、先生の癖だ。
「僕は君を探してあげないからね」
「……はい、偏に」
「そう、偏に、君が甘えん坊だから悪いんだ」
「え?」
先生の癖を見るのがこれで最後かと思うと、少し寂しいものはあった。
「人生は成長とモラトリアムと逃避の繰り返しなんだ。どうせ、君は、いずれここに戻ってくる。その時に僕は居ないだろうな。君が次に泣くのは、僕の葬儀だよ。どうせ、そんな落ちだ」
「……そんな悲しいこと言わないでくださいよ、先生」
「悲しいことをするのは君だろう」
先生は声だけ泣いていた。
「寂しくなる」
「……ごめんなさい」
「謝ったって許してあげない」
「先生」
「許してあげない……だから、逃げるなら、逃げるといい。でも、逃げるなら、ちゃんと、逃げるんだよ」
私はそうして、転がるように、落ちるように、一目散に、過去から逃げ出した。
「わがあるじ、お早い、お戻りを」




