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「戴冠の儀を執り行う」








 空落ち様は穏やかに微笑みながら「これはどういう儀式なのです?」と小声で私に尋ねられた。その前に組まれた手は指先が忙しく遊ばれており、緊張されていることは察しがついた。

「大したことではありませんよ。王冠をかぶるだけです」

「……向日葵の顔色が悪いから」

「彼でも緊張することはあるでしょう」

「……昨日、親が死んで、それで、次の日に王になるなんて、そんなの、……」

「昔は、王を殺したものが王になりました」

「え?」

「今の方がずっと、穏やかでしょう。少なくとも、死ぬときは選べます」

 私の言葉に空落ち様は唇を噛んで、俯かれた。

「何か、思い当たることでも?」

「……罪は、何を持って、罪と思いますか?ロイグ……私は罪は、気がついたときに罪になるのだと思います。ならば、あの子には、永遠に、何にも気が付かずにいてほしい……私はあの子に対して罪を負いたくない……」

 若き青年の額に、王冠が嵌る。

「あの子はきっと私を罰せないから、赦してもくれないでしょう?」

 その王冠が鈍く光り、その権力がそこに宿ったのが、わかる。

「私はこんなときまで自分のことばかりだ……許されない罪を、背負いたくない……あのこはもっと重いものを背負うと言うのに……」

「……なにが、罪なのです、空落ち様?」

 空落ち様はその若き王を見て、その両手を固く、組む。

「私は、あの子の空落ちじゃない。彼の敬愛を受け取るほど、私は立派なものじゃないっ……ロイグ、私は本当に空から落ちてきたの?それは、本当に私なのかな……」

 その小さな肩に手を置いて、引き寄せる。人の子のようにあたたかいその身体が私の力に逆らうことなく、その身体を寄せる。

「向日葵は咲く方向を間違えませんよ」

「人は間違えるものでしょう?」

「空落ち様、太陽は落ちる場所を選びますか?」

「……太陽は動かないもの」

「ええ、だからあなた様も、そんなことを心配なさるな」

「何故、ここの人たちはみんなそんなに、揺るがないの」

「わかっているからです」

「何が」

 その黒い瞳には、怯えがあった。

「空落ち様、どうしてそれほど、落ちる前のことを気にされるのです」

「……え?」

「戻りたいのですか?空に」

「そら、に……」

「我らと生きていくことが、何故そんなにも恐ろしいのです?」

 その両手がとかれ、この身に触れる。まるですがりつくように、空落ち様は私のローブを握った。

「ちがう……ただ、あの子に、嫌われたくないんだよ……」

「我らがあなたを嫌うことなどあり得ない」

「あり得ないことなんてない」

「いいえ、あり得ません」

「……でも私は間違える……」

「空落ち様、お慕いしておりますよ」

「……ほんとに?」

「もちろん」

 その小さな頭を撫でると、空落ち様は泣きそうな目で私を見上げた後、何も言わずに、私に抱きついた。その背を撫でて、若き王を見る。

「……空落ち様」

 返事はない。ただ、空落ち様は私の身を抱いて、涙をこらえている。

「空落ち様、一度離れていただいてよろしいか」

「っなんでっ」

「私の弟子にして、あなたの向日葵、この国の王が、悪魔のような顔をしています」

「……え?」

 空落ち様は何度か私のローブに顔を押し付けた後、ゆっくりと顔を上げられた。その頬に涙の跡がある。指先でぬぐい、その跡を冷やすと、空落ち様は撫でられた猫のように、目を細める。愛らしいが、今はそれどころではない。

「空落ち様、王を見てあげください」

「王?……ああ、向日葵か」

 空落ち様が王を見て、それから、優しく微笑んだ。

「ああ、顔色が戻っている、……よかった」

 王が背負うものには目もくれず、まるで母親のように、空落ち様は微笑んでいた。











「戴冠の儀をここに終える。それでは、新たな王からの」

「俺の空落ち様!!!!!何をしていらっしゃるのか!!!!!」

 それが新たな王の第一声だった。




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