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「向日葵、ひとりで寝られないの?」
「はい!」
「……そんな良いお返事されてもなあ……」
あざとく枕まで持ってこられても、困るものがある。何度かドアを閉めようとしているのだが、その度に全身でぶつかってこられるので、つい、手を止めてしまう。そうやって手を止めてしまうと、向日葵はにこにこと嬉しそうに笑うのだ。
「どうしても一緒に寝たいの?」
「はい、どうしても」
「その、どうしてもっていうのは、そんなに揺るぎないの?」
「はい!」
「揺るぎないのか……」
視線を下げると、向日葵の履いている室内履きがもふもふとした素材でできていて、そこもあざといのか、という感想しか出てこない。水色のパジャマは向日葵によく似合っているが、そういうことではない。私は一人で寝たいのだ。
「俺、そんなに邪魔ですか?」
見ない方がいい、とわかってはいたが、視線を向日葵の顔に戻す。
思った通り、眉を下げて、悲しそうに、目を伏せている。長い睫毛に縁どられた灰色の瞳は、少し濡れているほどだ。
「……邪魔、というか……寝るときに誰かがいるのは、緊張するよ」
「ならばこそ!」
「ならばこそ?」
向日葵はにっこりと笑って、私に枕を押し付けた。押し付けられるままに受け取り、抱きしめる。ふかふかしている。
「わ」
「俺の、空落ち様」
「……向日葵、あのね」
「俺があなた様を守るから」
枕ごと抱きしめられてしまった。
「だから安心してお休みください」
「そういう話じゃあ、ないんだよな……ああ、もう」
そのまま、流れるように向日葵は私を姫抱きにして、寝台においてくれた。柔らかなマットレスのスプリングが弾む。そうして、ふかふかで、肌触りのよいかけ布団に包まれた、あたりまではいい。
「向日葵」
「なんでしょう?」
「向日葵は私を抱きしめないと寝れないの?」
「はい!」
「それは」
「揺るぎないです!」
「……揺るぎないのか……」
背中と、腕を回されたお腹がやたらとあたたかい。
「困った子だなあ」
「ご安心を、なにか来ても必ず殺しますから」
「そんなことある?……えい」
仕返しのつもりで冷えた足を向日葵の足首に当てる。向日葵の腕が驚いたように震えたが、逆に、抱きしめる力を強められてしまった。
「向日葵……苦しいよ」
「お手を」
「手?」
「俺の腕に」
言われた通り、お腹にまわされた腕に手をあてる。
「冷たい」
「冷えるんだよ、夜は」
「俺を触って」
「そしたら向日葵が冷たいじゃない」
「いいえ、俺は嬉しい」
「嬉しい?」
私の右手に指を絡めて、私の首筋に顔を埋めて、王様になったという大きな子どもが「うれしい」とまた言う。その体はあたたかいと言うよりは、熱いぐらいだ。ぴたりと背中に這い寄るその熱、ゆったりとした鼓動、それから、人の匂い。
「おやすみなさい、空落ち様」
「……おやすみ、向日葵」
寝返りをうてば、バラバラになるだろうと、目を閉じる。
そうすると、向日葵のゆったりとした鼓動、呼吸、その、ひだまりのような匂いが、もっと、よくわかるようになった。掴めそうなぐらい、はっきりと、それがわかる。
ふかふかの布団に枕。余計な音のない暗闇。絡められた指が、不意に、思い出したように私の手を握る。
息を吸って、吐く。とん、とん、と何かが遠くで転がっていくような、音がした。でも、それを確認する前に、とん、とん、と意識が落ちていく。とん、とん。ああ、これは鼓動だ。とん、とん。誰かの、命が、静かに、なっていく音だ。
「向日葵」
自分の口から、声が落ちた。
「起きなさい」
勝手に目が開く。腕の拘束をこじ開けて、起きあがり、不思議そうにこちらを見上げている金色の美丈夫を見下ろす。
「……空落ち様?」
「今すぐに会いに行かないといけません」
「何にでしょうか?」
「お父さんにですよ」
「……父、……?ああ、古い王ですか?あれが、どうされました?」
その瞳が心底不思議そうで、ぞっとする。
「どうされましたって、……死んでしまう」
「そうですね?あれは死ぬべくして死にます。なぜ会いに行かねばならないのですか?」
死ぬべくして死ぬ。だから、見過ごせば良いのだ。
「だめだ!」
「空落ち様?」
「起きて、向日葵!そんなのは駄目だから!ひとりで死なせてはいけない!お願い、起きて!」
「っそんなっあなた様が願われることは何でもいたしますから!」
とびおきた向日葵が私の肩をつかむ。
「行かないと、今すぐにっ」
「わかりました、すぐに行きますから、……俺の空落ち様、泣かないでください」
「……え?」
向日葵の顔を見上げる。その美しい顔が滲んでいる。
「空落ち様、……あなた様、どうか」
こつん、と向日葵の額が額にぶつかる。
「その憂いをすべて俺にください。あなた様のために、俺はここにいるのですから」
「……なら、行こう。向日葵」
「はい、もちろん、あなた様の望む場所へ、いつでも、参りましょう」
向日葵は私を抱き上げた。その肩がとても広く、力強いことを、恐ろしいと思う理性と同時に、ただ、あたたかいと思う体があった。




