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この世界は単体では成り立たない。それはこの世界を細かく分けたときにできるもっとも小さな粒が、その粒ひとつで安定するためだ。つまり、結合した状態では形が安定しない。要は、別の物質を含まなければ、経由しなければ、くっついていてくれないのだ。だからこそ、世界の形を持続するために、この世界は常に異物を求めている。
だから、この世界には空落ちが降る。
遠い昔、我々は空落ちを迫害していたらしい。ばかなことだ。空落ちが減ったことで、天災が続き、あの、闇のものが生まれてしまった。その時、この世界はばらばらになって、多くのものが卵になってしまった。でも、闇のものは打ち倒された。迫害されていた空落ちたちによって。空落ちたちは、世界をまたひとつにして、そうして、卵を温めてくれた。それから、空落ちは、空から舞い降りた神のもの、として崇められるようになった。
そうして、今の世界がある。
だから俺は今日も空を眺める。
俺の空落ちはまだ来ない。俺の崇める相手、俺の神様、俺の教祖。いつになったら、降ってきてくれるんだろう。姉の、生まれたばかりの子にさえ降ってきたのに、俺はもう、大人になるというのに、まだ、降ってきてくれない。その前に、無神論者になりそうだ。
今じゃ、誰もが俺を気味悪がっている。友達などできるはずもない。だって俺には空落ちがいない。俺は、だから、ばらばらで、ひとりだ。
きっと、このまま卵に還るんだ。
いや、もしかしたら、俺は闇のものになってしまうのかも。
そうやって、不安になって、空を見る。
いつもと変わらぬ青い、……いや、なんだろう、あれ。
「あ」
俺は待ちわびたそのものの到来に、自分で想像していたよりもずっと間抜けな声をあげた。そうして、遅れてやってきた喜びに、俺は立ち上がった。突然立ち上がった俺を、先生は驚いたように見たが、俺の顔でなにか分かったのだろう、大きく頷いてくれた。
「いってらっしゃい!」
「いってきます!」
講義室を走り出ると、後ろから歓声が聞こえてきた。そのぐらい、俺の空落ち不在は異常だったのだろう。世界記録かなにかになっていたらしい。が、まあ、そんなのはどうでもいい。俺の空落ちだ!俺の、俺の神様がやっと、やっと、やっと!!
「かえってきてくれた」
空落ち。
この世界の異物であり、この世界に不可欠なもの。延々とこの世界を回る俺たちとは違う、すべての異世界をめぐるもの。
「俺の」
大学の裏山をかけのぼり、空からゆっくりと降りてくる、その光に手を伸ばす。初めて見た。これが空落ち。でもわかる。みんなが言っていたことがやっとわかった。これは俺の空落ちだ。
「空落ち」
その光に触れると、ぱきりと、光が割れた。驚く間もなく、光が俺を包み込んだ。