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「湯あみですか、俺がお世話いたします」

「ロイグはどこにいるのかしら」

「!先生よりも俺は役に立ちます!」

 そういうことじゃないのだ。ツッコミ要員なのだ、必要なのは、と思いながら、昨日つけた蜂蜜を見る。まだ、酒にはなっていなそうだ。そりゃそうか。ああ、ビールが飲みたい。あれも基本的には放置と発酵だけど、イーストはあるかな。

 こめかみを抑える。

「空落ち様?」

「……ちょっと一人にしてほしい」

 向日葵は綺麗な瞳を大きく開いた。

「あなた様から離れろと仰るのですか!」

「うん」

「嫌です!」

「うーん」

 寝起きにはしんどい真っ直ぐさである。

「……、ロイグを連れてきて。話したいことがあるから」

「……、っわかりました」

 泣きそうな顔をしたが、向日葵は部屋から出て行ってくれた。頭がいたい。朝はいつも頭がいたいのだが、酒も飲んでいないのに頭がいたいということは二日酔いではないことが証明された。まあ、証明されたからなんだという話なのだが。

「ここは、どこなのだろう」

 空落ち、という存在としての、私。

「私、は」

 そもそも誰なのか。

 頭は鈍痛を訴えている。

「とにかく、酒が飲みたい」

 平たく言えば、迎え酒したい。この頭痛がなんであれ、酒さえ飲めば落ち着くのに。蜂蜜の入った瓶を軽く振る。出来上がりはまだまだ先だ。他にも作れるものを作っておこう。米があればとりあえずどぶろくか。

「空落ち様」

 視線を上げる。さらさらと流れる銀色の髪、伏せた瞳、長いまつげ。昨日よりも少し若く見えるロイグが立っていた。その後ろで向日葵は不満そうに口を尖らせている。

「お呼びでしょうか」

 うん、と頷いて、悪いのだけど、と前置きをする。

「ロイグ。お風呂に入りたいので、向日葵を頼みます」

「……、なるほど、状況はわかりました」

「俺は役に立ちます!」

「そういうことじゃないのですよ、王子……。冷たいものと温かいものとどちらがお好みでしょうか」

「……温度、という概念はありますか?」

「はい、もちろん。ヒトは40度前後の液体に浸かるのが好きと聞き及びます。私のようなものはもう少し冷たい方が楽なのですが」

「なるほど、……そこはそれほどずれていないのですね」

 ただ、酒だけがない世界、なのだろうか。

「なら、とりあえず人が好みの温度で……あと、もしあれば、何か替えの服を。昨日はこのまま眠ってしまったので」

「かしこまりました」

「いい服じゃなくていいので」

「ふふ、かしこまりました」

 ロイグの笑顔を見て、ああ、ダメだな、いいものが出てくるな、と悟った。

「……向日葵」

 呼びかけると、やっぱり拗ねた様子の向日葵が口を尖らせた。

「……、俺は役に立つのですよ」

「知っていますよ」

「だったら」

「そういうことじゃないのですよ。私は自分の体を見られたくありません」

「俺はあなたの向日葵ですよ」

「私があなたの空落ちでも、そこは変わりませんよ」

 手を伸ばして、その金色の髪を撫でる。

「ねえ、でも、向日葵」

 これを言ったら怒るだろうな、と思いながら、でも、確認しておきたくて、口に出した。

「私がもしあなたの空落ちじゃなかったら、どうするのです」

 予想に反して、向日葵はただ首をかしげた。

「あなたは俺の空落ち様です」

「ただの酒飲みですよ、私は」

「いいえ」

 向日葵が笑う。

「あなたは俺の空落ち様です。俺はそれだけは、絶対に間違えません」

 その信仰心は、やっぱり、寝起きだと少し重かった。







 案内された風呂は、ひたすらに広く、身の置き場がなかった。

 ざっと体を洗い、適当に髪を洗う。そう言えば、最後に髪を切ったのはいつだったろうか。そろそろ切ろうかな、と思いながら、伸びた髪を絞る。そうしてすぐに上がって、用意されたタオルで体を拭いて、用意された服を着る。裕福なことだ。ここがどこかも、いつかも、何かも、真実なんて、どうでもいい。衣食住が揃っている。

 だから、私は何の不平不満も言ってはいけない。


「ああ、あとは酒だけだ」



 とにかくそれだけだ。






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