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俺の空落ち様は美しい。
人型の空落ちというだけでも珍しいのに、その上、言葉も話される。言葉を話す空落ち様など、文献でしかいない。それも、伝説の空落ち様だけだ。しかも、あっという間に、眷属をふたりにされた。それもまた伝説の空落ち様しかいない。再来だ。きっと、そうだ。ああ、でも、あの方は、国を治めることを役割とされていない。
さけ。
なんだか分からないけれど、俺はそのために生きていくのだ。
うれしい、うれしい、うれしい。
もう怖がらなくていい、悩まなくていい、進んでいい道がわかったのだ。怖くない。もう、俺はあの方が望むのなら王にでも学者にでもなるし、この命を終わらせたって構わない。だってもう、間違えなくていいのだ。だってもう、化物とののしられなくていいのだ。
空落ち様がいる。
俺の神様がここにいる。美しい黒い髪、俺を撫でる白い指、やわらかく笑うその面立ち。ああ、これが神様だ。
「空落ち様!部屋の支度が出来ました!」
「ありがとう、向日葵」
その柔らかい声。
「いい子ね」
「もったいないお言葉」
「そう言いながら頭を出してくるからなあ」
俺の頭を撫でてくれたのは、あなた様が初めてだ。こんなにもうれしいことだとは思わなかった。膝を地面につけ、その細い体を抱きしめて、甘える。甘えていいのだ。俺は、あなた様にだけは甘えていい。こんなにうれしいことが他にあるだろうか。空落ち様が俺の頭を撫でてくれる。うれしい。うれしい。うれしい。
「うれしい、あなた様がここにいる」
「……そうね、たくさん待たせてしまったね」
「っいいのです、今、ここにいてくださるなら」
「……うん」
腹にうずめていた顔を離し、空落ち様を見上げる。ああ、笑っていらっしゃる。
「いい子ね、向日葵。私の向日葵」
「っはい、俺の空落ち様」
「うん、……そうね、それでね、向日葵、私は結構もう眠い」
「あっはい!ご案内いたしますね」
「ありがとう」
その細い体を抱き上げて、急いでお部屋にご案内する。
「こちらです」
「ン……」
俺の腕の中で、空落ち様はもう目を閉じていた。寝具に横たえて、その細い体を毛布に隠す。黒い長い髪が白いシーツの上を流れていく。長い睫毛が影を落とす。少し幼い顔立ちの、俺の、空落ち様だ。
「かわいい」
その頬を撫でていると、自然と、こちらも眠たくなってきた。
「……、うん」
自分の体も毛布の中に滑り込ませ、その体を抱き寄せる。あったかい、やわらかい、うれしい。俺のだ。俺の空落ち様だ。俺の、待ちわびた、神様、だ。この方の役に立とう。この方のために生きよう。それが、きっと、――。
「向日葵、ねえ、いかないで、ひとりにしないで、お願い、向日葵」
縋って泣いたのは私だ。
「死なないで」
無茶を言うなという顔で、うーと低く呻った向日葵を今でもよく覚えている。だから、つい笑ってしまった。私が笑うと、向日葵もまるで笑っているかのように、口を開けた。ぺろりと私の頬を舐めて、ふう、と最後の息を吐きだした。そうして、向日葵は死んでしまった。
私はそれ以来、生き物を飼っていない。




