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「俺の部屋にご案内いたします」
「駄目です」
「えっ」
子犬のような瞳で見られたが、「駄目です」ともう一度言った。酒飲みとは言え、素面のときは素面なのだから、それなりにまともな貞操観念があるのである。
「……おひとりは危険ですよ」
「そういうことではありません」
馬車がたどり着いた場所は、城の裏側だった。そこからごく普通のドアを通り、階段をのぼり、案内された場所は、青と白を基調としたどこか冷たい印象の宮だった。向日葵の説明によると、ここは西宮と呼ばれる場所で、向日葵が統括する場所らしい。この子にはもっと明るい色が似合うだろうに、と思いはしたが、綺麗ですね、と言っておいた。
「先生と一緒にいる方がよいですか」
「そういうことでもありません。向日葵、あなたは女性をほいほいと自分の部屋に連れ込むのですか」
「俺の部屋に入っていいのは、あなた様だけです」
「ああ、うん、……うーん、ロイグ」
君に決めた!という気持ちでロイグを呼ぶと、ロイグは額に手を当てて上を見ていた。
「……すいません、空落ち様。この子は、その、空落ち様がいらっしゃらなかったために、情緒教育というものが抜け落ちておりまして……」
「情緒教育」
「王子、子どもはどこから来るか分かりますか」
「?卵から生まれる」
「では卵はどこから来るのでしょうか」
「?卵は自然とできます」
「この調子なので」
私はとりあえず天井を見上げた。わあ、綺麗なシャンデリア。
「ロイグ、実はこの世界では人は卵から生まれますか」
「卵子と精子と性行為です」
「ああ、そこの常識は合致していて安心しました」
「らんし?せーし?」
「ああ、うん、向日葵、君が愛らしくて私は嬉しい」
「!はい!」
とりあえず頭を撫でて、撫でて、撫でて、考える。
「向日葵の隣の部屋は空いていますか」
「空けます!」
「あ、はい、じゃあ、そこに私を置いてもらえないでしょうか」
「!はい!お隣ですね!」
「私は研究棟に行きましょう。席は残っているはずですし」
「百年前の?」
「炎については私より他に研究者はありません。……空落ち様」
ロイグが床に跪き、私の手を取った。
「あなたに炎の加護を」
その言葉と共に、あたたかいものが私を包んだ。
「わあ」
白いガウンだ。
「可能な限り身にまとっていてください」
「わかりました」
なんかわからないが、多分、魔法防御的なそういうやつだろう。
「ありがとう、ロイグ」
「身に余るお言葉」
「……研究棟は遠いですか?」
「あなた様がいるなら、遠い場所などありませんよ」
ロイグが私の右手の甲に額を当てた。と、途端に、姿がかき消えた。
「えっ」
瞬間移動か。
「ロマンがありますね……」
振り返ると、大変不満そうな顔をした向日葵がいた。
「どうしました」
「空落ち様は、俺の空落ち様なんですから」
向日葵が私の右手を取った。
「他のものに触られないでください」
「無茶を言う子ですね」
「っわかっています、でも、……何よりもそばに俺を置いてください」
その灰色の瞳はいつも真っ直ぐで、本当に重たい。
「……空落ち様、あなた様、俺の、……神様」
縋りつくように肩に額をつけられる。その泣きそうな声が耳に入る。ああ、なんだろうなこれ、やっぱりあの大きくてあったかい向日葵に似ているのだ。あの子もこんな風にすりよってきた。なつかしいな、と思いながら、その髪を撫でる。
金色の髪。やわらかい髪だ。
「向日葵」
「はい」
「私の向日葵」
「っはい!」
「いい子、いい子、君はいい子」
「……っはいっ」
この子にしっぽがあったら今頃振り回しているだろうな。
「ね、向日葵、これからのことは明日考えよう。今日はもう疲れたよ、少し寝たいんだ」
「あ、っそ、うですよねっはいっすぐに部屋を用意させます」
「うん、ごめんね」
「!やめてください!!」
びっくりした。
「俺に謝るなんてやめてください、絶対に!」
顔を上げて私を見ている向日葵は、怯えていた。
「……、ありがとう、向日葵。部屋を用意してくれて」
「はい!すぐに!」
向日葵がぱたぱたと走って行くのを見ながら、左手でずっと抱えていた蜂蜜酒を抱え直す。
「ああ、酒が飲みたい」
確かに私は疲れていた。




