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「うわあ、本当に、お城……」

「はい、王宮です」

「……王宮……なるほど」

「……いや、でしたか?」

 何をいまさら、と思いながら、向日葵を見る。と、想像していたよりも向日葵はずっと、申し訳なさそうな顔をしていた。下がった眉、合わない視点、噛み締められた唇。握りしめている両手を見れば、怯えるようにぶるぶると震えている。

「そんな風に思うなら、おとなしく大学にいるべきだったのです」

「っ」

「ロイグ、やめてあげなさい」

「あなた様のおっしゃる通りに」

「そういう皮肉っぽい言い方もやめさないよ、ああ、もう、泣きなさるなって、男の子でしょう……」


 さっきまで、ずっと、彼らはそこで、揉めていたのだ。私は膝の上に蜂蜜酒の元を抱え直し、ふう、と息を吐いた。








「あんな薄汚い思惑の蠢く場所に連れ帰るのは、いささか、問題があるかと」

 そもそも喧嘩を売りだしたのは銀髪のジジイだ。

「なんだ、じゃあ、この薄汚れた大学にわがあるじを置いておけと言うのか」

 その喧嘩を買ったのは金髪の王子だ。

 私はビンにはいった蜂蜜酒を抱えたまま、長身イケメンのふたりを見ていた。外は夕暮れ。そろそろ帰りましょうか、と言い出したのは向日葵で、それに食ってかかったのがロイグだった。私はとりあえず何の発言もしていない。

「殺すぞ」

 私には犬のように愛らしい向日葵から発せられたとは到底思えない声だった。

「何においても、この方は、俺の空落ちだ。俺の元に落ちてこられたのだ」

「だとして、今は私も庇護されている身。自らの空落ち様に余計な気苦労を与えたくないと思うのは当然でしょう?ましてや、あなたは今や王位継承者となる。揉める事は目に見えている。空落ち様に何かあったら、いかがされるのか」

「空落ち様の向日葵として、俺が空落ち様にかかる全ての火の粉を振り払おう」

「ただの人の身でできることは限られているでしょう。万が一、であれ、起きてしまったら、……どうするのです」

「自らの空落ちを死なせたお前に言われる話ではない」

「いいえ、私だから言えること」

 地面が揺れるぐらい、低い声だ。ああ、ばか、向日葵よ、今完全に逆鱗に触れたよ。

「二度も私に空落ち様を失わせるのか」

「失いなどしない!」

「ならば根拠を示しなさい」

 ロイグの手から、何かでた。

「ぐっ」

「え」

 え、向日葵、吹っ飛んだんですけど。え、壁までいったんですけど、え、大丈夫、あれ。

「弱者よ、あなたの力では不十分だ。空落ち様……しばらくはこの大学にいられた方が」

「え」

「絶対に嫌だ!またひとりなど耐えられるものか!」

「わ」

 壁までとんだ向日葵が、一瞬で、私のそばに移動した。風のようだ。そうして、そのまま私を抱きかかえた。なんでもいいが、この子、かなり力強いな。私はこれでも日本人の平均身長はあるぞ。体重だってそれなりにあるはずだぞ。なんか子どもみたいに持ち上げられているけど、どうなんだろうこれ。とりあえずお酒飲みたい。蜂蜜酒を抱きかかえる。

「それで!空落ち様に何かされたらどうするのですっ!」

「っ」

「空落ち様!あなた様からもどうぞ、その若者に言ってやってください!」

「えっ」

「いやだっやだっ……」

「えーっと」

 よく分からないけど、空落ち様って、何かされるようなことあるの。今のところやたらと崇拝されていて、大事にされそうな予感しかないのだけど。まあ、そもそも、最悪死ぬぐらいだろう。さすがに蜂蜜酒がつけあがる一週間ぐらいは死にたくないのだが、別に酒がない世界ならそう長いこと生きていなくたっていいなあ、と思いながら向日葵を見る。

 向日葵は眉間に皺を寄せて、私を見下ろしていた。

 あ、これ、泣きそうな顔だ。

「向日葵」

 手を伸ばし、その頭を撫でる。

「泣くことはなんもないよ」

 その灰色の瞳が驚いたように開いた。そして、ゆっくりと、向日葵は笑った。

「……あなた様を失ったら死ぬ」

 安定して、重いな、この王子。

「でも、あなた様と離れるのも嫌なのです、……傍にいてほしいのです」

「あ、うん。えーっと、なるほど」

 考える。

「えーっと、……要は、その、危ないってことですよね?」

「そうです」

「じゃあ、ロイグも来たらいいのでは?」

「「は」」









 それで、こうなったのだ。









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