双子の婚礼
小さいながら山と森に囲まれ、敵国に侵略されることなく林業と鉱業で豊かであった国に、双子の姫が生まれました。
姉姫は婿王子を迎えるべく、幼い頃から帝王学と魔法を叩きこまれて育ちました。
妹姫は強国の同盟を得るために、礼儀作法や外交術を叩きこまれて育ちました。
やがて勤勉な姉姫と優美な妹姫のもとに縁談が持ち込まれます。
双子の姫が生まれた一年後に、大きな港を有して商業と貿易が盛んな海に囲まれた西方の国にも双子の王子が生まれていたのです。
その王子らと婚姻の話が出てきたのです。
姉姫は海軍にて鍛えた武人の弟王子を入り婿に、妹姫は各国の言葉を操り港町を潤す兄王子のもとに輿入れすることが決まりました。
両国の民はとても喜びました。
しかし新たな国交を設けようと、北の海に旅だった兄王子の船が難破してしまいます。
兄王子は一命を取り留めたものの、背中に大怪我を負い、歩くことも起き上がることも困難な身体になってしまいました。
幸い言葉は話せますので王位は継承するとされましたが、弟王子を王太子に立てる話や姉姫を娶り国営の補佐をさせるような話が浮かび上がってきました。
しかし弟王子は軍の力が必要な時は必ず駆けつける と約束して自国の玉座を拒み、姉姫の方も山と森の国を空けることは出来ないと拒み、従来通りの婚礼の運びとなりました。
「いろいろな国の人達が集まる大きな国だから大変な事もあるでしょう。身体には気をつけてね。
「ありがとう…お姉様。」
爽やかな初夏の風が格子窓から入ってくる朝。
輿入れに相応しい日ですが、妹姫は浮かない様子です。
兄王子が大怪我した時から、明るく朗らかな妹姫は萎れた花のような状態でした。
何度か見舞いの品や手紙を婚約者がいる国に送ってはいましたが、不安があるようです。
「私からお姉様に贈り物があるの。」
「まぁ私に?」
人懐こい妹姫が婚礼前に姉姫の部屋に人払いしてこっそりやってきたのは餞別の贈り物を渡すためでした。
美しい化粧箱から取り出されたのは、シードパールのふち飾りがついたショールでした。
群青から若草色へと色合いが変化している見事な織物です。
「素敵ね。ありがとう。」
「ね、今着てらっしゃる婚礼用の天色のドレスに合うと思うの。ちょっと羽織ってみて、お姉様。」
今はショールを羽織るほど寒くはないのですが妹姫が熱心に薦めるので、姉姫はその場で羽織ってみることにしました。
すると、突然灼けつくような熱さを感じたのです。
「何…?」
身体が痛み、目が霞み、思わず膝をつき、愕然として妹姫を見上げます。
浮かない表情をしていた妹姫は
「ごめんなさい、お姉様。」
と、謝罪の言葉を口にしながら嗤ったのです。
「夫となる方が寝たきりなんて嫌なの。きっと私では支えきれなくて弟王子が次の国王様になるか、お姉様を正妃としてすげ替えると思うわ。そんな惨めな思いをするのも嫌よ…。」
妹姫は大輪の薔薇のように艶やかに笑いました。
姉姫より優美さを目指して育てられた妹姫はプライドや理想が高く、折れることを知らないのです。
姉姫は言葉を返すことが出来ませんでした。
口を動かしても言葉が出てこないのです。
「だから私は悲嘆にくれて死んだか身を隠したことにして、お姉様に成り代わるの。私達見た目はそっくりなのだからきっと気付きはしないわ。今日からお姉様らしく振る舞うわ。」
苦しむ姉姫の身体は、ショールと同じ露草色の炎に包まれました。
「お姉様に代わって弟王子と結婚するわ。お姉様が冷ややかな顔つきながら気さくで優しい方と仰っていたから私、とても楽しみにしていたの…。」
姉姫にはもはや妹姫の独白は聞こえていませんでした。
魔女はここで口をつぐみ、深々と一礼しました。
「その…姉姫は殺された ということか?」
宰相が訊ねます。
「夜も更けました。これ以上は皆様方の明日のご公務に差し支えましょう。」
たしかに良い闇も深く、思った以上に時が経っているようです。
宰相が魔王へお伺いの視線を投げると、魔王はぎらつく眼で魔女を見つめながら口を開きました。
「続きはいつだ。」
魔女は再び平伏して言いました。
「今宵はここまで。お許しいただければ明日の晩にでも参ります。」