むかしむかし、あるところに
―むかしむかし、ある海に囲まれた西方の王国に”魔王”と呼ばれる王様がいました。
魔族を統べる本物の魔王ではありません。
気に入らない者を石に変えてしまう魔法を使うことから、人々に恐れられて「魔王」と称されている王様です。
魔王は七日に一度には宴を催し、舞踊や楽を披露する楽団を招いていました。
一通りの舞や演奏が終わると、魔王は団長を傍まで呼び寄せて慣例的に何事かをささやきます。
その時の受け答えによって団長が石に変えられてしまうことがあるので、やがてどんな楽団も吟遊詩人も、この国には近づかなくなってしまいました。
茜空は高く、あちこちの家で夕食を作るための竈の煙がたなびく頃に、1人の女性が城門にやってきました。
目深にフードを被り、灰色のローブを纏う姿は薬草の扱いや自然魔法に精通する”魔女”そのものです。
門番が
「備蓄用の薬草でも売りに来たのかい?」
と訊ねますと、灰色の魔女は
「芸を披露しに参りました。」
と答えました。
門番は声を潜めて
「魔法を使った見世物かい?面白そうだが…石にされちまったら元も子もねぇよ。悪いことは言わねぇ、やめときな。」
と、魔女の身を案じて忠告しましたが、魔女は一向に折れる気配がありません。
説得できないことを悟った門番は、城門を開いて魔女を通すことにしました。
外はゆっくりと日が落ち、少し照明が灯された品の良い大部屋に、魔王と国の重鎮達が集いました。
「さて、煌めくような幻で場を魅了してくれるのかな?」
そんな小広間で平伏する魔女に、魔王は微笑みかけます。
齢は30、緩い金の巻き毛に切れ長の緑の双眸。
柔らかな口元に反し、瞳の奥は冷たい炎が凝っているかのよう。
17歳の時に隣国の王女を娶ったはずですが、10年前からその姿を見た者はおらず、一番最初に石に変えられたのは奥方だろうと、まことしやかに囁かれています。
「私が披露するのは物語でございます。」
平伏したまま魔女は答えました。
下を向いているにも関わらず、よく通る澄んだ声。
魔法を使う際には朗々と呪文を唱えられそうな一本芯の通った声です。
魔王は軽く息を漏らしました。
もしかすると嗤ったのかもしれません。
「私は最早お伽話を聞く歳でもないし、幼少の頃にはあらゆる国の本を読んでしまったので知らぬ寓話はないと思うが。」
魔王の失望がにじむ声に、魔女は動じず答えます。
「まず今宵一つお聞きになってから、以降の物語をご所望になるかどうか判じてはいかがでしょう?今夜の話はお代はいただきませんので。」
魔王は一理あると考えたのか、近頃は楽団も寄らず娯楽に飢えていたのか、これを許可し魔女の語りを促します。
魔女は頭を上げました。
フードは被ったままで、顔の上半分は隠れたままですが、真っ直ぐな黒髪がサラサラとこぼれます。
「むかしむかしあるところに、双子の姫がおりました―」
魔王は一瞬目を瞠り、次には睨めつけるように魔女を見つめます。
近くに控える宰相が玉座を気遣わし気に一瞥し、すぐに魔女に視線を戻しました。
王族に双子が生まれる話は、国によって吉兆であったり、凶兆であったりするので主題としてそこそこ見受けられるものです。
この魔女が語る双子の物語は、どちらに行き着く物語なのでしょうか。