少女は竜の夢を見る
少女が羨望の眼差しで見上げているのは、空だった。
底抜けに青く、太陽の光を翳らせる雲は一片もない。しかし、少女の瞳に映るのは、空の青さではなかった。
五つの影が、戯れ合うようにして集まっては離れを繰り返している。大人が四人、手を広げて並んだほどの翼幅は、野鳥の類いにしてはあまりにも大きすぎる。翼を広げ尾をひらめかせるその姿が、少女の心を掴んで離さなかった。
しばらくして、五つの影のうちのひとつがゆったりとした速度で下降し、少女の眼前へと降り立った。他の四つは、どこかへと飛び去ってゆく。
艶めく鱗に覆われた身体とそれを支える立派な四本の脚は、その大きさを除けば蜥蜴を彷彿とさせる。細長い首の先には立派な二本の角が生えており、大きく裂けた口からはぬらぬらと光る牙を覗かせている。その生き物は、いまは腹を地面に這わせ翼を折り畳み、主にかしずく騎士のように頭を伏せている。この国では、竜と呼ばれている生き物だ。
その背から、ひとりの男が身を翻して飛び降りた。訓練用の簡素な騎乗衣に身を包んだ、無骨な男だ。
「おじさま!」
その姿を認めるや否や、少女は彼のもとへ駆け寄り、思いっきり抱きついた。おじさま、と呼ばれた男は、少女の肩を優しく掴んで身体から少し離し、右手で彼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。男と同じ色をした少女の整えられた金髪が少し乱れるが、彼女はそれを嫌がる素振りは見せず、くすぐったがる猫のような表情をした。
男は兜を脱ぎ脇に抱え込み、しゃがみこんで少女と同じ目線になる。
「ルーツィア、竜舎に来るのはいいが、またお父さんに怒られるぞ」
「だって、わたしはおじさまが竜に乗るところを見たいんだもの」
男が冗談めかして少女を諭すと、彼女は頬を膨らませて言った。
「お父様は勝手よ。おじさまは一族の恥だ、なんて言って、近づいちゃ駄目だって。おじさまは、こんなにすごいのに」
少女の言葉に、男は苦笑した。
「兄さんの言うことは間違ってないさ。貴族の生まれの人間が跨るのは馬だって、相場は決まっているからな」
「でも、でも……わっ!」
納得いかない様子の少女の頭を、男が再びくしゃくしゃと撫でた。
「お前が見に来たいなら、見に来ればいいさ。でも、お父さんには内緒だぞ」
「もちろんよ!」
ぱあーっと、少女の顔がたちまち明るくなる。
「わたし、おじさまみたいな竜使いになりたいもの。毎日だって見に来るわ!」
「そうか、ルーツィアは俺みたいになりたいのか」
「ええ!」
少女が笑って頷くので、男は困ったような顔をした。
「……そうだな、竜使いになるには、竜と仲良くならないといけない」
「仲良く?」
首を傾げる少女に、今度は男が頷いた。
「いい竜使いっていうのは、竜と心を通い合わせられるもんだ。そのためには、竜が何を望み、何を求めるのか知らなくちゃならない」
「おじさまはそれができるの?」
「ああ、もちろん」
男は立ち上がり、傍に臥したままの竜のもとへ歩み寄って、首をもたげ彼の方を向く竜の頭に手のひらを乗せた。
「たとえば、こいつはいつも竜舎の狭い塀の中で暮らしているから、訓練のとき以外にもときどき翼を広げて飛び回りたがる。まあ、これはどんな竜でもそうなんだが――そういうときには俺たちが外へ連れ出して、ああやって野生の竜と遊ばせるんだ。な、グランツ」
男の呼びかけに応えるように、竜が低く唸り声を上げる。
「じゃあ、それができれば、わたしもおじさまみたいな立派な竜使いになれるの?」
「ああ、なれるさ」
希望に目を輝かせる少女を見て、男は吐息のように小さく呟いた。
「きっと、なれる」
いつか書くかもしれないファンタジー小説のプロローグ的な。
リハビリを続けないと以前みたいに書けないので。