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女の意地

野に放たれた三頭のケルベロスは、三つ首から連なる猛獣の表情を例外なく変えず、唾液を地に落としながら舌を垂らして獲物の元にへと向かう。

ケルベロスの数は三頭ではあるが頭部の数は合計9、もし一発でも攻撃が遅れれば倒す事は不可能だが、あの女の敏捷は1、ここで高速移動を女に唱えれば値は1000跳ねあがり、それを10回やれば10000、だがしかし問題はあの女が戦うかどうかだ、あの怯えっぷりじゃ恐らく無理だろう、果たして唱える価値はあるのか。


だがしかし後悔も少しだが募りつつあった、今まで行動してきた中でここまで感情的に動いてしまったのは初めてだ、これが人間である由縁なのだとしたら私はそれに屈した事になるのである。

それが覇者を志す者としての末路であっていいのか、いや、ここで魔王ジオラルの名を持つ以上何に対しても負ける訳にはいかないのだ。

私は百万もの軍兵を支配するパンドラム世界の覇者になるジオラル帝国の絶対的支配者なのである。

このジオラルに敗北はありえない、

それが例え神であろうとも、

この脆弱な肉体を与えた邪神であろうとも、

私が存在する限り勝利は必然なのだ。


「スキルギフト、超速移……」

「きゃあ!?」


女の下ろしている長髪が真っ逆さまにスカート諸共上部へ反転すると、ケルベロス三体の息の根は止まり地べたにへばり付いてから死体の姿にへと成り果てる。

驚いた、人間にもまさかここまでの敏捷を持つ者が存在しているとは、そしてケルベロスだけに気を取られていたせいかこの人間が接近していた事に気づかなかったのは、新たに加えて悔いるべき点だろう。

敏捷は790といった処か、重装備を付けている人間にしては確かに上出来ではあるが、何より驚きなのがそれが女である事だ。

紅色の短髪に加えてその瞳、そし鋼から伸びきった刃渡り70センチ程のサーベルに、股部まで鉄板で覆われたその装甲アーマーからして、この女がこのパンドラム世界の住人だという事が分かった。

恐らくは速攻戦士、女でここまで実力を持っているという事は更に強い男もいるに違いない、中央から外れすぎていたため来た事は無かったが、コクーン城下町か、念のため覚えておこう。


「あ、た、助かりました…」


ガタッと腰から力が抜けたのか膝を地面落としていた、同じ人間ヒューマンの女なのにこっちは何とも情けないものだ。


「いや、当然の事をしたまでさ、ここは危険だから君達はあまり無理しないで」

「あ、はい」

「あまり見ない顔だけどもしかして旅人? 良かったら僕の町までどうだい? そこならきっと安全に過ごせると思うよ」

「ぜ、是非お願いします!」


女はペコリと頭を下げる、女と言ってもあの妹の方のチキン女だ。

町とはいったもののコクーン城下町以外にあるのは、ここから20km先にある小さな村しか無い筈、速攻戦士ならば、辿り着けない事も無いのだが、それでは他の人間に対してあまりに自己中心的である。


「コクーン城下町だよ、直ぐ近くにあるからもう大丈夫だよ」

「あ、そこ俺達が来た町じゃねえか」

「そうなのか?」

「はい、私達そこのゆう君にこのゲーム案内してもらってるんです、初心者なのであまりよく分かりませんがよろしくお願いします」

「えっ? ゲーム?」

「ああ、もしかしてあんたコンピューター? へえ~人間と会話できるなんて最近のゲームってすげえんだな」

「あ、ああ、よく分からないけど」


女剣士は困ったのか額に汗をかいていた、下等生物同士ではあるが少し同情しよう、もしステータスに知能の値があるのだとしたらそいつ達は疑う余地もなく1に違いないのでな。



コクーン城下町の入り口にまで辿り着くと女剣士の姿にほとんどの町人達が視線を向けていた。

それはただ単に戦士を象徴する派手な格好だからという事だけではなく、自分達を日々護っている者達が帰還した時のように、崇拝するような眼で町の誰しもがこの女剣士を見ていた。

ある者は笑顔を向け手を振り、この女剣士はそれに向かって手を振り返す。

その姿は私が調査の帰還後にジオラル帝国に帰ってきた時の子供達のように、無垢な瞳であり、彼女に対して尊敬の意味を含まれているような仕草で町の誰しもが迎え入れている。


この妙に湧いてくる怒りは何なのだろう、私は感情という物を見下しながらも、それに少し興味深くもあり霊魂時代に書物をざっと開いては見ていたが、確かこのような言葉は『同族嫌悪』という単語が出てきただろうか。

人間になってから全くもって頭にくる事しか無かった、脆弱で知能も大して高く無いにも関わらず無駄な部分だけは妙に複雑に作り込まれている、それに何故この事に対して怒りを向けているのか私自身も理解できずにいた。


「何か凄い見られてますね!」

「そうみたいだな、僕もあまりこれには慣れていないんだよ…」

「どうしてこんな見られてるんすか?」

「それは僕がここの王に仕える近衛兵だからだと思うよ、今は他の軍兵に任せてるから僕はこうやって安全を確保するために町の近くにいる魔物を狩っている訳さ」

「へえ~よく作り込まれたゲームだな~」


なるほど、ここまで強い兵士がいるにも関わらず、あまり目立っていない事からこの国がいかに保守的であるという事が分かる、あまり遠方には出ず自国だけを護る事に専念してるからこそここまで生き延びたという事なのだろう。


「それにジオラル軍の軍兵から要請も来てるしな、この国を護るのは僕の役目なのさ」


サラッと出てきた単語に身体が反応してしまい、女剣士の元まで詰め寄る。


「おいおい、どうしたんだ悠人!?」

「か、顔怖いですよゆう君…」


しまった、詰め寄るにしても何を聞き出すべきなのかが思い浮かばない。それに部下が水面下で動いているのだ、一体何を要請しているのかは知らないが私はそっと見守るべきだろう。

何にせよ大きな手掛かりだった、もしこの女を監視しておけば私はきっとジオラル帝国に再び戻れるチャンスが必ず来る筈だ。

そのためにはここで出しゃばるんじゃなく、大人しく機会が訪れるのを待つべきだろう。


「いや、別になんも」

「こえーよ顔」


竜人のツッコミに一同が笑い始める、一体何が面白いのやら私にはさっぱり分からなかったが。

彼女に町を案内されている道中、商店街の中から女剣士の話題をコッソリではあるが耳に届く程の大きさで話している老婆が二人、耳打ちで話している。

内容は聞き耳を立てずとも分かったが、「あの子も凄いたくましくなったね~」「今は女の星よ、だって彼女が女の中じゃ世界で一番強いって言われてるのよ」と言った何の変哲もない会話だったが、女剣士はというとそれに照れたのか頬を赤く染めていた。


それに何を思ったのか私は思わず、「最強って、そりゃあ女の中ではの話だろ」と小言をボソリと呟くと彼女は動きをピタリと止め、唇を噛みしめながらこちらを睨んでくる。


「それは一体どういう意味だ…」

「は? そのままの意味だ、お前は人間の中でトップ、しかもそれは女の中での話だ、と言ったのだ、事実だろ?」

「く……」


何をそんなに感情的になったのかは分からないが、それはともかく私が何故この小言を呟いたのも分からない。ひょっとすると私も同族嫌悪の言葉通り感情的な状態が今も続いているがために、嫌味というものを呟いたのだろうか。

皮肉はよく冗談交じりで呟きはするが嫌味といったものを意図した事は今までにない、それは私が感情というものを持ち合わせていなかったからだろう。


「僕が他の男達に劣るとでも…?」

「そうだ、お前より強い奴は私は疎か、男の中でも星の数程存在するだろう」


いつもより冗談のキレが鋭い、というより鋭すぎる、切れ味も抜群だったようで女の怒りは完全にヒートアップしていた。

そして腰に据えてあるサーベルを引き抜き、刃の先端を向けて私の顔付近に向けていた、一体何のつもりなのか。


「僕と戦え! 僕より強いというのならばサシで僕と勝負しろ!」


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