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優しい嘘たち

作者: Atsu

 助手席に乗せ、最初で最後のドライブに出かける。免許を取ってからまだ二週間。両親の次に乗せることになった彼女とのほうが緊張しており、ハンドルを握る手に汗が滲む。運転中も沸き起こっては泡のように萎んでいく、彼女との思い出たち。


 上京するため、私は実家の身辺整理を行なっていた。ピンクやオレンジ。高校卒業まで子供っぽい雰囲気を引きずり続けた私の部屋は、私がいなくなった後、物置になるらしい。新天地へ巣立つけじめとして、つい昨日部屋の片付けを終えた。

 不要になった学校のプリントや書籍等の紙類を分別し、かさばるであろう小物に手をかけようとしたその時だった。白タンスの上の彼女が瞳に映る。いつもと変わらず佇む、ドレス姿の人形。それが彼女だった。

 いつからだっただろう、この部屋で彼女と暮らし始めていたのは。正確に覚えてはいないが、小学生に入る前後、彼女は誕生日プレゼントとしてやってきた。たまらなく嬉しかった私はしばらくの間、彼女とともに毎夜眠ることが日課となっていた。それからは嬉しい時、悲しい時。この部屋で悩み、抱いた激しい感情に寄り添い、相槌を打ち続けてくれていた。

 純白だった彼女の肌は十数年の時の流れのなかで日焼けをし、美しかったドレスは古着のような色あせた古っぽさや糸のほつれが散見していた。見つめる瞳も淀んだ彼女は、少女から女性へと成長した私とは対照的に、もはや過去の存在となってしまっている。

 ニュータウンを横断する街路樹通りを右に折れると、次第にヒビ割れた舗装の散見する田舎道へと入っていく。

目的地はこの先にある、小高い山の上の寺院。本当ならば、その分野で有名な寺で任せるのがベストではあったが、あいにく遠方であるため、免許取立ての私には厳しく、断念せざるをえなかった。そんななか、ネットで評判を見つけたこの先の寺は近場だったため、その日のうちに電話予約することになった。

 車を停め、彼女を胸に抱える。均された砂利道を抜け、本殿隣の玄関チャイムを鳴らす。すると、寺には不似合いなポンチョ姿のおしゃれな奥様、という風貌の女性が対応してくれた。

「すみません。本日人形の件で予約させていただいている者ですが、お坊さんはいらっしゃいますでしょうか?」

電話対応していただいたのが男性僧侶だったため、言伝を女性に依頼する。しかし、女性は笑み、

「あら。本日はようこそ。私が担当です」

と、上品な微笑みと共に手を差し出され、握手を交わした。

「女性の方だったんですね」

正直、高校卒業したばかりの私には、男性と一対一という空間が少し苦手だったこともあり、内心、息をなでおろしていたのは確かだった。

「ええ。対応は夫の方がしておりましたので。さぁ、どうぞ。おあがりください」

丁寧にも上がりがまちにスリッパを並べていただき、軽く会釈をして私は室内に入った。

 長い廊下を女性に連なって通り抜けていく。仏事の線香の聡明な香りとともに、アロマらしい上品とした甘い香りがほんのりと漂っていた。奥の間に入ると、目の前には開放感あふれる大きなテラス戸から斜陽が差し込み、テラスの向こうには街の遠影と巨大な湾が広がっていた。加えて、テラスにはガーデニングとテラス席が用意されて、おしゃれなカフェのような雰囲気を醸し出していた。

「驚いたでしょう。まさか、寺なのに雰囲気がモダンで」

言い慣れているのだろう、ニコニコとした表情で女性は言った。

「はい。なんだかイメージとだいぶ違いますね」

正直、見晴らしの良さ、インテリアやエクステリアのセンスは抜群で、こんな場所ならわざわざお茶をしに来てもいいなと思うほど綺麗な内外装だった。

「夫は落ち着かないっていうんですけどね。今日は天気がいいので外にしましょうか」

女性に促され、私はテラス席に腰掛けた。しばらくののち、女性は盆に茶菓子を乗せてやってきた。

「緑茶、お出ししても大丈夫かしら?」

「はい。わざわざありがとうございます」

かしこまりながら辺りを見渡すと、窓際の人形棚に数体の人形たちが並べられていた。

「こういったお仕事をされているのに、人形が少ないのは珍しいんじゃないですか。それとも、バックヤードにたくさん人形が安置されているんですか?」

人形を見るまで忘れていたが、人形供養の寺であるにもかかわらず、そう思わせないようなお洒落な造り明るい雰囲気、置かれた人形の数が圧倒的に少ない。ネットでの前評判があるとはいえ、本当に人形供養を行っているのか少し不安を感じた。

「いいえ。人形はここにいるだけです。みなさん気になるようでよく尋ねられます」

「では、ほとんどが焚き上げの形を取られるということなんですね」

「ええ」

「私、こういうことが初めてでよくわからないのですが、どういった流れで焚き上げていくのでしょうか。正直、高校を卒業したばかりで冠婚葬祭のような儀式には疎くて」

背丈格好から想像はされていると思うが、正直に自分の疎さを伝え、具体的な供養の内容について尋ねた。

「そうですね。基本的には焚き上げることで人形の魂を浄化する、ということはどちらでも同じではないかと思います。一般的な供養では受付から人形の手渡し、場合によっては焚き上げの参加という流れだけを撮っているかと思います。うちで独特なのは人形の告別式をおこなう、ということでしょうか」

「告別式、ですか」

幸いにもこれまで身内で亡くなった方がいなかったため、そういう儀式は人に対してのみ行うと思っていたため、私は少し驚いてしまった。

「といっても、一種のカウンセリングのようなものなんですけどね。ご依頼された方が、人形と後悔なくお別れできるよう、人形との思い出について語っていただいてどれだけ幸せだったのかを再確認する、といった感じですね」

「そうなんですね」

「では、実際におこなうほうがわかりが早いと思いますし、早速始めましょうか」

女性は座席に着き、テーブルに乗せられた人形を指して私に尋ねる。

「そちらのお人形との思い出に残るエピソードはありますか」

私は一つの記憶を呼び覚ました。

「そうですね。あれは小学校二年生の時でした。当時の私は学校でない限り、いつも人形を携えているほどこの人形が好きな子供でした。一緒にいるとなんだか安心する、という理由もありましたが。

 家族旅行で南の島に行った時も、人形も連れて出かけました。せっかく海に行ったものの、泳ぐのが苦手て、浜近くにあるロッジのテラスで、人形と一緒におしゃべりをしながら海を眺めていたことが記憶に残っています。

 あとは、いつものことだったんですが。嫌なことがあった時、帰宅して部屋に入って開口一番でこの子に愚痴を聞いてもらったり。いつも嫌な顔一つせずに聞いてくれました。言葉にするとやっぱりスッキリするもので、いつも助けてもらっていました」

「いつも一緒に居て、聞き役になってくれていたんですね」

人形を見つめた後、穏やかな表情で私に向き直ると優しい笑顔を見せてくれた。

 しばらく思い出について語らせてもらい、区切りがついたところでこの後の話をしていただいた。

「この子をとても大切にされていたんですね

「はい」

「では、お焚き上げの用意をしてまいります。お人形をお預かりしてもよろしいでしょうか」

人形を渡したタイミングで女性は人形に対して今一度語りかけた。

「いいのね?」

一瞬私に聞いたのかと思ったが、明らかに人形と目を合わせて尋ねている。もしかしてと思い、私は恐る恐る女性に尋ねた。

「…人形の声、聴くことができるんですか?」

「ちょっとだけ、ね。というよりは、人形の抱いている感情がわかるといったほうが正しいかしら」

やはりこういう仕事をされている方は聴くことができるのか、と感心しながら、私は気になったことを最後に尋ねることにした。

「この子は…。その、今どんな思いを抱いているんでしょうか」

「幸せだった、ってことはすごく伝わってくるよ。本当に」


 しばらくテラス席で待っていると、中身が見えないほどに和紙に包まれ、繭のような姿となった人形を女性は胸に抱き抱えてやってきた。

「では、焚き上げ場に向かいましょう」

玄関から外に出て、細道を進んでいく。すると、囲炉裏のように正方形の灰の敷き詰められた場所に薪がやぐら状に組み上げられていた。女性はその人形の繭を櫓の中に置くと、櫓下の穴から火を灯した。

「では、はじめていきます。いいですね?」

今度は私に向かって少し強い口調で決心を確認した。

「…はい」

私は大きく頷く。後ろめたさがないといえばそれは嘘になる。それでも、決めたことだ。前に進むため、正しい形で供養を取るというのがベストの選択だったのだと、私は信じている。

淡い炎が段々と広がり、櫓を包んでいく。バチバチと音を立てながら焦げ臭い香りが周囲を満たす。オレンジにゆらめく炎を見つめていると、炎の中に人形と過ごした思い出がフラッシュバックした。それはさながらマッチ売りの少女のようで、暖かい気持ち、ぬくもりがリアルな温度を伴って私の中に溶け込んできた。同時に大粒の涙が堰を切り、私の頬に流線を描いていった。

 どのくらい経っただろうか。見つめていた炎はいつの間にか立ち上る煙と灰だけになっていた。人の形を失ったそれは、やがて都合のいいように輪郭を失い、思い出として風化しながら私の中で生き続けていくのだろう。でも、今だけは、これまで一緒に過ごしてきた時間、思い出に感謝したい。

今までありがとう。そして、ゴメンね。

私は心の中で強く念じ、焚き上げ場を後にした。



 哀愁の漂う彼女の背中を見送った後、私は火の始末をおこない、室内へと戻った。窓際の人形棚に今日新しく増えた彼女を抱え、再びテラス席へと腰をかける。広がる市街地、そして海原を彼女と共に眺める。斜陽の注ぐ湾はまばゆく、心地よい風がここまでなびいてきた。

 私には、人形の感情が伝わると同時に、人形の眼を通じて人形の見てきた世界・記憶を知ることができる。それを見ることで、私はそれぞれの人形が見てきたいろんな世界を知ることができた。今日やってきた少女の語った思い出は、確かにこの子の中にも鮮明な記憶として刻まれていた。遠い南国の浜へ連れて行ってもらった思い出。波間のロッジから見える広大な砂浜。麦わら帽子を被った小学生だった少女が、きもちいいね、と話しかけてくれた幸せなあの日。

 私が人形に対して、あなたを焚き上げていいのね、と語りかけたあの時。私は初めて人形の声というものを聞いた。

『彼女の心残りにならないために、私は燃え尽きたい』

とても優しく、繊細なその声は今にも消えてしまいそうな儚さを孕んでいた。が、私はその違和感に気付いてしまった。本当は、その震えた声が彼女との別れに対する寂しさ、切なさ。この世から消えてしまうという恐怖のせたものだということに。その言葉は精一杯の優しい嘘だったのだ。焚き上げの場まで、彼女に連れて行こうとした際、私は人形に言った。

「ここまで愛情を持って"生きてきた”のに、死んでもいいなんて言うのは嘘、なんでしょう? あなたも一つの魂。生きる権利はあると思うわ」

『でも…』

「やっぱりダメ。あなた自身の後悔がある以上、私はあなたを焚き上げることはできない」

とっさの判断で私は人形の繭を偽装し、偽の焚き上げをおこなった。

炎が二人の抱いた感情を同時に想起させる。彼女の心残りにならないために燃え尽きたいと伝えてくれた彼女の人形。そして、最後まで燃え尽きるのを見届け、人形へ心からの感謝を伝えた彼女。両方が狂おしいほどに愛おしかった。

 心地いい風に乗ってかすかに潮の香りを感じた。まだもやもやした感情を抱いていている人形はしばらく黙り込んでいた。それとも。本当は人形は声なんて発してなくて、流れてきた感情に私の脳が後付けしただけだったのかもしれない。

「ねぇ。いい景色でしょ。ここからは海も見えるし。どう、私の話し相手にならない?」

確かめるように私は人形に語りかける。これから先、あなたの中に刻み込まれていく第二の海がこの遠影であることを祈って。

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