エピローグ
春が訪れて数か月経った頃、西の魔女は城下町を訪れていた。
罪人エバンスの首が晒されていた場所も、今では誰も見向きもしない何もない場所となっていた。
魔女は、その場所にしゃがみ込み、土を袋に詰めた。
魔女が城下町を訪れたのは、エバンスの供養のため。
「親不孝ってのはね、親より先に死ぬ事なんだよ。」
地面を見つめて、西の魔女はボソッと呟いた。
土の入った袋を大事に懐にしまうと、西の魔女は立ち上がり、城を見つめた。
「せっかく来たんだ、嫌味の一つでも言ってやるかね。」
そう言って、西の魔女は城へと向かった。
「陛下、西の魔女が謁見を求めています。」
「懐かしいな。余も暇ではないのだがな、よかろう通せ。」
現在、王は、どうやって民を苦しめようかと考えを巡らせている最中だった。
「久しいな、西の魔女よ。余は忙しいのだがな、昔のよしみだ。時間を取ってやったぞ。」
「ほう、そうかい。礼は言わないよ。」
「何の用だ?昔話でもしに来たのか?」
「そうさね。文句の一つも言ってやろうと思っていたんだがね。昔話もいいね。」
「なら、さっさと済ますがいい。余も政策を考えるのに忙しくてな。」
そう言って、王は不気味な笑いを浮かべる。
「どうしてこうなったんだろうねえ。」
ため息交じりに呟き、西の魔女は昔話を始めた。
遥か昔、この世界は人が住むには辛い世界だった。
息さえも凍る地、全てのものを眠りにつかす地、灼熱の地、何もかもが嫌になる哀愁の地の4つの地で世界は出来ていた。人々はそれぞれの地の境界地域で細々と暮らしていた。
そんな世界を何とかしようと一人の青年が旅立った。旅の道中、賢者と魔女を仲間にし、青年は、人が入ることが出来ない地にも踏み込み、世界のあらゆる場所を調べた。
その結果、世界の心理に辿り着き、四季というシステムを構築することが出来た。
4人の女王と一人の管理者の犠牲の上に成り立つシステムを・・・。
「遠い昔の話をして何になるのだ?」
王は、卑下した笑いを浮かべた。
魔女は構わず昔話を続けた。
世界が四季に包まれて、人々は繁栄した。争いも起こらない幸せな世界。
そんな中、四季の管理者となった青年の心は次第に病んでいった。不死ゆえの心の病み。
しかし、ある時、王の心の病みが晴れた。
それは、一人の女性の出現で。
彼女は、城の侍女で、王に仕えていた。
永らく城から出ていない王の為に、今の幸せな世界の事を王に話した。
王は、彼女の笑顔が好きだった。
彼女の話を聞くだけで、自分の犠牲が無駄では無いことを実感できた。
そんな、王の幸せも長くは続かなかった。
ある時、侍女が居なくなったのだ。
城から出る事が出来ない王は、兵士たちに侍女を探させたが、侍女を見つけることが出来なかった。
王は落胆し、心の病みは、悪化し、圧政によって国民を苦しめるようになった。
「なんだ、世捨て人の身で、余に説教か?」
「そんなつもりはないよ。まだ話は続くよ。」
「くだらん、その先の話に何があるというのだ?」
「兵士を総動員して、何故、侍女が見つからなかったと思っているんだい?」
「さあな。どこぞで野垂れ死んだのだろう。」
「あたしが、匿ってたのさ。」
「なるほどな。魔女であればこそか。」
昔の事に、何の興味もないように王は言った。
王の無関心をよそに魔女は再び昔話を続けた。
侍女が、魔女に匿われていた時、侍女は身籠っていた。
「そうかっ。どこぞの男と出来ておったか。」
王にとっては、どうでもいい事だった。
例え彼女に恋仲の相手が居たとしても、ただ、この世界の話をして欲しかった。彼女が笑って話してくれるだけで、よかったのだ。それも昔の事、今はどうでもいい。
「冗談はおよしよ。侍女が好きだったのは、お前さんだよ。」
「魔女よ、貴様こそ冗談は辞めろ。不死である余に子供が出来るわけがないであろう。」
「愚問だね。先代の春の女王は、何故、亡くなったんだい?」
「城から出られない余が知るわけがないであろう。女王たちがする事に余が口を出せないことなど、魔女なら当然知っておろう。」
「そうさね。先代の春の女王は、子を産んだ為、死んだんだよ。」
「馬鹿なっ!」
「あたしが、赤子を取り上げたんだ、間違いないよ。」
先代の春の女王は、他の女王たちと違い、眠る事をしなかった。彼女は、春以外の季節に世界中を旅していた。
そんな時、一人の農夫と恋に堕ちた。
彼女は、子を産めば死ぬと解かって子を産んだ。
「その子は、どうした?」
「農夫の家で、大事に育てられているよ。」
「侍女の子は?」
「気になるかい?」
「さっさと話せっ!」
王に人の感情が戻ってきた。それは、魔女にも実感できた。
侍女は、王の子を身籠り、王に迷惑をかけまいと城を出た。侍女は魔女に匿われ、暫くは子と共に幸せな生活をおくったが、病によりこの世を去った。
それから、男の子は、魔女に育てられた。
養い親の魔女の反対も聞かず、旅人となり旅立っていった。
「何処にいる、今、余の息子は何処に!」
王はせっつくように魔女に聞いた。
「あたしの息子の名は、エバンス。聞いたことないかい?」
「そんな名前聞いたことあるわけないだろう。」
王ともなれば、いちいち処刑した者の名前なんて覚えていない。
「もう、この世には居ないよ。」
玉座から迫り出していた王は、落胆し、再び玉座に座りこんだ。
「あたしの昔話は、これで終いさ。」
そう言って、魔女は去ろうとした。
「待て、息子はどうやって亡くなった?」
「止めとくよ、これ以上はね。聞かない方がいい。」
そう言って、魔女はゆっくりと謁見の間を出て行った。
王は、すぐさま、兵を呼んだ。
「先日、処刑された罪人の名は?」
「はい、罪人の名は、エバンスと申します。」
兵は、この国最大の罪人の名を告げた。
「うぐううううう、うわあああああああ。」
王は、言葉にならない呻き声をあげた。
目から涙が、鼻から鼻水が、口から涎を垂らし、王は狂人のように呻き声をあげた。
ゆっくりと歩いていた魔女を狂人が追い越した。
狂人は、一気に城を出ようとしたが、城の扉の前に居た門番に止められた。通常、門番は外に配置されるものだが、彼らは内に配置されていた。二人の門番は、内番と呼ばれていた。
「ど、どけっ!余は王なるぞ。」
王相手でも、内番は引くことなく、持っている棒で、王を思い切り叩き、扉から遠ざけさせた。
王は不死であるから、死ぬ事はない。
「王に対してっ!」
王が文句を言おうとすると、内番は強く言った。
「陛下もご存じでしょう、我らが主は、4人の女王です。そして、我らの仕事は、王を城外へ出さない事です。」
「うああああああああ。」
へたり込み、狂人と化した王に目もくれず、西の魔女は城を後にした。
王は、白髪化し、人としての感情を完全に失った。
「満足かい?」
西の魔女は、迷いの森を訪れて主に言った。
「何の事ですか?」
「あたしの息子が王の息子と知っていたろう?」
「私は、旅人に道を説いただけです。」
「迷いの森の主が何を言う。」
西の魔女は怒りをぶつけた。
「フフフ、あなたでも怒るのですね。」
「怒りで煮えたぎっているよ。」
「やめときなさい、あなたが力を使えば不死を失いますよ?それにあなたでは、私に傷一つ付けることはできませんから。」
「何故、あたしの息子をあんな目に?」
「王は圧政により、人を殺しすぎました。彼が王なのは管理者なればこそ。管理者に感情は必要ありません。」
「さすが精霊だね。人の心というものがない。」
「何を言います。あなたこそ世捨て人でしょうに。」
「たとえ、傷一つ付けられないとしてもね。命なんて平気で投げ出すのさ、母親ってもんわね。」
「やってみるがいい。たかが魔女の分際で。」
迷いの森の主は、高らかに笑った。
「ふんっ。」
魔女は、そう言って、迷いの森を後にした。
「賢明な判断ですね。さすがは魔女と言うべきか。」
魔女が居なくなった森で、主は呟いた。
しかし・・・。
突如、火が出現した。
迷いの森の精霊は、木に住んでいる。住んでいるというか木と一体化している。
森中の木々を行き来できる為、燃やされようとも痛くも痒くもない。
森の中で一番古い木の周囲を炎が囲み、今にも古い木に炎が燃え移りそうだった。
「小賢しい真似を。私には傷一つ付けれないというのに。」
そう言って、精霊は転移しようとした。
「ば、馬鹿な。」
精霊は、考える。
何故、魔女はこの場所に来たのか?
攻撃するなら不意打ちなど、他にいくつも方法があっただろう。
態々、文句を言うためだけに?
そんな不合理なことを魔女がするわけがない。
魔女が訪れたのは、結界を張るため。
精霊が古木から出られなくする為に。
森で最も古い木に居たことが、結界をより強固なものにしていた。
「お、おのれ、魔女めええええええええっ。」
精霊の断末魔の叫びは、西の魔女に届くことはなかった。
魔女にとっては、精霊が滅ぼうが無傷であろうが、どうでもいい事だった。
西の魔女が我が家へ帰ると、会いたくない爺さんが居た。
「力を使ったな。馬鹿者が。」
開口一番、北の賢者が言い放った。
「何の用だい。」
「わしの力を半分やる。それで不死は保たれる。」
「大きなお世話だ。」
「今のままでは10年も持たんぞ。」
「かまやしないよ。」
「愚か者が・・・。」
「そうだ。あんたに一つ頼んでおこう。今から息子の墓を作るんだが、私の墓を隣に頼むよ。」
「何で、わしがそんな事をしないといけないんだ。まったく心配して来てやったのに。もういいわっ。」
「あんたに心配されるほど、落ちぶれちゃあ居ないよ。」
お互い憎まれ口を叩いた後、北の賢者は去って行った。
去り際に言葉を残して。
「10年後に、死にざまを笑いに来てやるわいっ!」
「そうかいっ、あんがとよ。」
最後の礼は、小さい声だったので、北の賢者に聞こえたかはわからない。
もう直ぐ、春も終わり夏が始まる。
国は、四季に恵まれ、繁栄を迎える。
人の感情を失った王は、ただの管理者となり二度と圧政を強いることは無くなった。
めでたし、めでたし。
物語はこれで終了です。
この後の「あとがき」は本編とは一切関係ありません。