四季を紡ぐもの
国は、王による圧政に虐げられていた。
200万人という国民が、圧政により死んでいった。
国民すべてが王を恨んだが、この国で内乱が起こる事はなかった。
それは、王が四季を司る4人の女王を手中に治めていたからだ。
国民は、唯々、王に従うしかなったのだが。
そんな折、永き冬が到来する。
王の出した、お触れに多くの国民が困惑した。
「何が起こっている?」
旅人であるエバンスは、迷いの森に出向き、迷いの森の主である精霊に話を聞いた。
「春の女王が亡くなりました。」
「は?季節の女王は不死ではないのか?」
「恐らくは何者かに。」
「ならどうすればいい?」
「春の女王が祈りの塔に入らない限り、夏の女王は目覚める事はありませんし、冬の女王も塔から出る事も出来ません。」
「永遠に冬が続くというのか?」
「新しい春の女王を探してください。この国のどこかに生まれて居るはずです。」
「赤子なのか?」
「それは、私にもわかりません。」
「どうやって見分ける?」
「人にはない力を感じられるはずです。」
こうして、旅人エバンスの春の女王探しの旅が始まった。
エバンスの旅は苦難の道だった。
旅人であるから、旅は慣れているものの、国中は冬まっさかり。道なき道を歩く事も珍しくなく、冬の旅は危険と隣り合わせだった。
人ならざる力を持った女性の噂すら掴めず、春の女王探しは、難航した。
「会いたくはなかったんだが・・・。」
情報がない以上、エバンスはもっとも、会いたくなかった魔女の顔を思い浮かべた。
何を言われるかは、容易に想像できた。
「馬鹿なのか、お前は。」
西の魔女は、エバンスに会って開口一番そう言った。
エバンスの想像通りだ。
「情報が知りたい。」
エバンスは西の魔女にそう告げた。
「死相が出てるよ。すぐさま辞めるんだね。」
「このまま冬が続けば、国が亡ぶ。」
「亡べばいいさ。こんな国は。」
これもエバンスの想像通り。
「何でもいい。手掛かりが欲しいんだ。」
「私が教えるとでも?」
「わかった、北の賢者に聞くとする。」
「お辞めっ!」
北の賢者と西の魔女は、犬猿の仲。
お互い世俗を捨てた者同士では、あるのだが。
同族嫌悪。
その言葉がよく似合う、間柄だった。
何より、北の賢者は、対価として人に無理難題を押し付ける。
ある時は、右手だったり、ある時は左足だったりと、彼から情報を聞くということは、五体満足では不可能な事だった。
西の魔女は、何よりもエバンスの身を案じていた。
「お前の命は、母親が残した尊いものだよ。何故粗末にする?」
「多くの人の命が掛かってる時に、俺の命くらい安いものだろう。」
「そういうとこは、父親似だね。嫌になるくらい。」
「俺は父親を知らないし、あんたも教えてくれなかったろ?」
西の魔女は、エバンスの母親が死んでからは、エバンスを育てた、養母だった。
「知る必要はないね。あの男も万人の為に全てを投げ出した男だからね。」
「世俗を捨てた、アンタからしたら馬鹿らしい事なんだろうな。」
「ああ、そうだよ。身内や親族の為ってのなら、まだわからんでもないがね。知りもしない大勢の人の為に何で命を掛けれるんだい。」
「性分だから、仕方がない。」
「はあ。」
西の魔女は、深いため息をついた。
そして、諦めたように言葉を紡ぐ。
「さっきも言ったように。エバンス、お前は死ぬよ。」
「構わない。」
揺るぎない決意を西の魔女は感じ取った。
「東にお行き。国中、冬だというのに雪すら積もらない山があるよ。」
「ありがとう。かあさん。」
エバンスは、そう言うと東へと向かった。
西の魔女は、その姿が見えなくなっても、ずっとその方角を見つめていた。
もう二度と会うことがないであろう、息子の姿を、いつまでも。
「ここだけは、本当に春だな。」
東の山を見上げて、エバンスは言った。
雪も積もらない山があれば、人が集まりそうではあるが、人の気配は居ない。
近隣では、鬼の山と呼ばれていて、近づくものも居なかった。
「何者だ!お前は!」
エバンスの行く手を鬼が阻んだ。
エバンスは、じっと鬼を見た。
自分よりも遥かに小さい鬼を。
「おい、答えろ。」
6人の小鬼が、エバンスに詰め寄る。
「春の女王を迎えに来た。」
「「「なにっ!」」」
エバンスと小鬼たちの間に緊張が生まれる。
そして・・・。
「それはご苦労様です。どうぞ、どうぞこちらへ。」
小鬼たちは丁寧にエバンスを案内した。
山の中腹にある小屋のベッドで、春の女王は寝そべっていた。
「何だ、そいつは?」
女王は、小鬼たちに聞いた。
「女王様をお迎えに来た人です。」
「ふざけるな、わらわは、一生ここで暮らすのだ。」
その言葉に超迷惑そうな顔をする小鬼たち。
「女王様、祈りの塔へ行って頂けませんか?」
エバンスが、跪き、女王にお願いした。
「断る。」
「このまま、冬が続けば国が滅びます。」
「滅べばいい。」
「何を言われます。」
「貴様こそ、何を言っている?この国は、王の圧政により多くの人の命が奪われたのだぞ。」
「冬が続けば、何十倍もの人が死にます。」
「死んでいった者たちの事は、どうでもいいのか?」
「はい。」
エバンスは言い切った。
「なんとも非情な男よ。貴様は、褒美に何を望むのじゃ?金か、権力か?」
「何も。」
「は?」
「何も望みません。私が望むのは四季がこれまで通り、続く事だけです。」
「戯言よ。四季がなんだというのだ?」
「四季は多くのものを育みます。人だけでなく、多くの生物や、植物にとっても大事なものです。」
「くだらん。所詮、4人の女王というシステムによって作られたものではないか。」
「はい、その通りです。しかし、もはや、この国には、なくてはならないものかと。」
「断言してやる。わらわを連れて行けば、貴様は殺される。それでもか?」
「はい、私の命一つで済むのなら。」
「貴様、頭がおかしいのか?」
「そうかもしれません。」
「どうなっても知らんぞ?」
「私の事は、お構いなく。」
「変わった奴め。小鬼ども、旅支度をせいっ。」
女王の命に、小鬼たちは歓喜の声を上げた。
やっと、わがまま女王から解放されると。
「エバンス、先代は、何故亡くなった?」
旅の道中、春の女王はエバンスに聞いた。
「迷いの森の精霊は、何者かにと。」
「ありえんな。我らは不死じゃ。何者であろうと弑する事は出来ん。」
「私もそう思います。」
「その精霊は何かを隠しておるな。」
「そうでしょうね。迷いの森の主ですから。」
「気にならんのか?」
「特には。」
「本当に変わった奴じゃ。」
春の女王は呆れて言った。
春の女王が城に着くと、王は傅いた。
これで、ようやく国に春が訪れる。
場内は歓喜に沸いた。
「よくぞ、女王を見つけてくれた。若者よ、褒美を取らす。何を望む。」
王は玉座に座り、エバンスに言った。
「何も望みません。」
頭を下げたまま、エバンスは答えた。
「何も要らぬだと?」
「はい。」
「何でも望みは叶うのだぞ?」
「ならば、このまま旅人として、国中を旅したいと思います。」
「おかしな奴め。貴様が望めば、余の首さえ差し出しても構わぬ。」
「めっそうもありません。」
「隠すな。余が国中から恨まれているのは、知っておる。そなたが望めば、新たな王になれるのだぞ?」
「望みません。」
「馬鹿なのか?貴様は?」
「はい。」
「ぐぬぬぬ。金も地位も、余の命も望まぬというのかっ!」
「はい。国中を回り、四季を堪能できれば、それで満足でございます。」
「ふはははは。それは無理だ。貴様の選択肢は2つしかない。ここで死ぬか、新たな王となるかのな。」
「では、旅人のまま死にたいと思います。」
「ふざけるなっ!死ぬのだぞ?」
「王となり、城から出られない身となるならば、私は旅人のまま死にたいと思います。」
その言葉は、城から決して出る事が出来ない王の逆鱗に触れた。
「この男の首を落とせ!そして晒せ!春の女王を弑した罪人としてっ!」
エバンスの首は落とされ、城下の町に晒された。
多くの国民が投石し、一日も立たずに人の首とはわからないくらいまでに、形を失った。
新たな春の女王は、祈りの塔へと入った。冬の女王は、儀式を終えて祈りの塔から出てきた。
そして、国には春が訪れた。
国中が歓喜に沸いた。
罪人エバンスによって、奪われた春が今、ようやく戻ってきた。