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1.崩れた夢

 生まれた時から騎士になるために育った。なぜならユーグ・ダルシアクは先祖代々、騎士道で名を馳せてきたダルシアク家の男として生まれたからである。


 騎士とは自身の主人に忠誠を誓い、その身を守り、そのお方の幸福を祈るもの。

 時として敵と刃を交えることもあれば、主人のめいに従って馬で縦横無尽に駆けることもある。

 自分の意思は二の次、一番大事なのは自分のいのちではなく主人のいのち


 騎士としての自分の存在に意義を見出して疑わなかったユーグは十七歳になった今年、晴れて騎士見習い期間を終えてやっとご主人様の下で騎士道を全うする。


 ……はずだった。




 遡ること昨日、昼。


 ユーグは手に持っていた剣を思わず落とした。ご主人様(仮)の立派な屋敷の舞踏ホールで。

 ガシャーン……と大きくホール中に反響する音で我に返ったユーグは「も、も、申し訳ございません」とわざとらしいぐらいにどもりながら剣を拾い上げた。手がかすかに震えている。震えずにはいられない状況なのだ。


「大丈夫かい?」


 ユーグを心配そうに見つめるのはリュカ・レオポルド・エルネスト・マルラン、通称『リュカ様』と呼ばれている、ユーグの主人(仮)である二十歳の青年だった。


 この国の王家の血筋であるマルラン家の十二代当主、リュカ。栗色の綺麗な髪に深い翠色の瞳、スラリとしたスタイルに高い身長。容姿、家柄、財産、どれを取っても申し分ない貴族の嫡男であるリュカは幼い頃より英才教育を受け、誉れ高いこのマルラン家の当主として相応しく、美しい青年に育った。そして先代である十一代当主・セザールが急逝した今、当主を務めるのはもちろんリュカだ。


「リュカ様、大変申し訳ございませんが、もう一度仰っていただけますか?」


 ユーグは出来る限り平静を装う。しかし手は震え、脚は震え、声も震えている。体中が震えていて身につけている甲冑がカタカタと音を立てているほどだ。


「……うん。マルラン家は今日で取り潰されることになったんだよ。王様の命令だ、これは覆せない」


 悲痛な声音でさっき言ったことを繰り返すリュカにユーグは胸が張り裂けそうだった。


 長年の夢であった騎士にやっとなれたと思ったら就任日当日に仕えるべき家が消滅とは。一体全体なんの天罰なのか。


 あうあう、と声にならない声を発しながら口をパクパクさせるユーグのことをリュカは一度も見ないままその場にへたり込んだ。ユーグの姿はまるで餌を欲しがる犬のようで、傍から見ても一瞬で吹き出すぐらいには面白い表情である。


「お、王様の命令……?なんでまた……?」


 やっと意味が通じる言葉を話せるようになったのはそれから五分後のことだった。リュカものろのろと顔を上げると、「さあね」と暗く言った。


「調子に乗っているマルラン家が気に食わなかったんだろう。正直、王家よりも華のある存在だったから。まあ、それはともかく……。明日からこのマルラン家は存在しないんだ。庶民と同じさ。ユーグ、君には申し訳ないけど、この家にもう騎士は必要ないんだ」

「ひ、ひつよう……ない……」

「騎士が仕えるのは貴族だけだからね。貴族じゃないマルラン家に騎士は無用の長物なんだ」

「そんな……。リ、リュカ様、僕はどうすればいいんです!?騎士になるために生まれてきたのに!僕の存在意義は!?マルラン家で命を燃やす僕の人生は……」

「別の貴族のところで仕えるしかないさ。ただ、マルラン家のお抱えだったダルシアク家出身だと前科持ちみたいな扱いになるから、受け入れてくれるところがあるかどうか……」


 由緒正しきマルラン家にずっと騎士として仕えてきたのがダルシアク家である。ユーグはダルシアク家の次男として生まれ、父や兄と同じように自分も騎士になることを疑わなかった。


 騎士とは素晴らしい職業である。


 ユーグはそれを信じて疑わない。


 騎士を信頼してその命を預けてくれる主人がいるということがどれだけ幸せなことか。


 騎士が国を救った話だってたくさんある。騎士はこの世にとってなくてはならない存在なのだ。


 ただし、騎士には忠誠を誓う主人がいなくては成り立たない。

 本来であればユーグの主人はセザールのはずだったのだ。


 しかし騎士になる気満々だったユーグは見習い期間が長かった。理由としては、『剣術が恐ろしく下手』。騎士にとって致命的な短所である。


 剣術の才能が花咲かないユーグは中々セザールに認めてもらえず、このままだと永遠に騎士見習いなのではないかと思うほどだった。


 そんな中、セザールが急逝した。嫡男であった心優しいリュカは当主となると同時に、騎士見習いであったユーグを正式に騎士として認めてくれることを約束してくれたのだ。


 希望の光が見え始めた。それなのに。


「ごめんよ、ユーグ。辛いだろうけど荷物をまとめて屋敷を出てお行き。もうここは僕らの住処じゃないんだ」


 そう言われてしまっては出ざるをえない。ユーグは放心状態のままリュカの言うことに従い、リュック一つに荷物を詰め込むと屋敷を後にした。


 行く当てもないままに、放浪する。

 主人を失った騎士は生ける屍と化して彷徨った。


「 誰か、お願いだから……。 お願いだから仕えさせてください!新たなご主人様ぁ!」


 

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