もし上杉家と武田家が川中島でなく百貨店戦争で雌雄を決したら
上杉家陣幕にて。
「御館様!準備整いましてございます」
「よし!全軍出陣じゃ。上杉の力、目にものを言わせてくれん!」
一方そのころ、武田家陣幕にて。
「殿!いよいよ上杉が動き出した模様!」
「ふん!その高慢なる鼻、へし折ってくれる!」
時刻は朝10時から5分前。各陣営はこれ以上ないくらい静まり返っている。
そしてとうとう時計が朝10時を指した。喚声が沸き起こる。扉が大きく開き、足軽たちが勢いよく駆け込んでくる。
いよいよ武田と上杉の天下分け目の戦いが始まったのだ。
そう、ここは川中島……ではない。もちろん戦国時代……ですらない。時は21世紀、とあるJRの駅前。二つの百貨店がしのぎを削っていた。
「おはようございます。本日も上杉百貨店にご来店いただきましてまことにありがとうございます――」
「おはようございます。武田百貨店にご来館いただきましてありがとうございます。催しもののご案内をいたします――」
JRの駅を挟んで聳え立つ両者の百貨店。その間で長年続いていた抗争。お互いの経営資源は疲弊しきっており、この一両日中に撤退を含めた何らかの動きがある、そう思われていた矢先の出来事だった。
武田ビル109階の社長室にて。
「殿!上杉が乾坤一擲の大安売りをはじめております!」
「何ぃ、シーズン前なのに冬服を全品3割引じゃと?!おまけに地下一階食料品売り場で使えるクーポン券を無料配布とは。謙信め、気でも違うたか!」
「ど、どうされますか?」
「恐れるな勘助!こちらは手はずどおり儂の采配に従えばよい……敵はこらえきれず討って出てきおった。準備は整っておるな?」
「はっ、早速取り掛かりまする。啄木鳥戦法、とくとご覧あれ」
一方、上杉タワー120階の社長室にて。
「信玄め、今頃驚き慌てふためいておろう。その情けない顔が目の前に見えるようじゃわい!がっはっは!」
「御館様!武田百貨店に動きがありました!」
「何ぃ、本日に限りポイントカード10倍じゃと!さらに家電については『どこよりも安く宣言』!一円でも他店より高ければ値段交渉に応じます……?おのれ信玄!儂に先手を打たせ、のこのこ出てきたところを一網打尽にする腹積もりとみた!何と小癪な!」
「ど、どうされますか?」
「うろたえるな村上!そっちがその気ならこっちも正面突破を計るのみ!こちらも『どこよりも安く宣言』を出すのだ。家電だけなどとけつの穴の小さいことは言わぬ。『全品どこよりも安く宣言』じゃ!」
「ははっ!」
かくしてお互いの攻撃はどんどんエスカレートしていく。両社の経営基盤すら危うくするほどの特売攻勢。既に両陣営の経営は危機的状況に陥ろうとしていた。
「く!信玄め、まだ根(値)を上げぬか!」
「おのれ謙信!そろそろ撤退するがいい!」
「殿大変にございます!」
「御館様!一大事にございます!」
こうして謙信と信玄が争っている間、その両社のシェアを影ながら着実に奪っている者がいた――その名は織田.com。
全店舗共通で仕入れを行うことにより規模の経済を実現。さらにネット販売のみに絞ることで店舗型経営にかかっていたコストを極限にまで下げることで毎日大安売りを実現。加えて配送料どこでも無料をぶち上げた。
「くそ、織田の小童め!」
「われらの間隙を衝きおったか!」
流通業界に革命を起こしつつある織田.com。長きに渡る百貨店戦争で疲弊しきっていた武田、上杉両家にまともに太刀打ちできる余力は残っていなかった。
やがてこのことは後の両家の倒産へと繋がることになるが、それはまた別のお話。