『千熊丸覚醒』
さあどうなることやら。
大永7(1527年)
千熊丸も早いもので5歳になった。
弟がうまれた。
ちっちゃくってお猿さんみたいだ。 千満丸(義賢)って言うんだって!
うれしいな~、でも母上を千満丸に取られたみたいで、なんかいやだなあ。
そうでなくても、母上は”みおも”とかで、最近ぜんぜん構ってくれなかった……、寂しいよ。
そう思っていたら、「千熊はお兄ちゃんだから可愛がってあげて」といわれた。
母上にそうお願いされてはしかたない、お兄ちゃんが可愛がってやろう。
『幼き日の千熊丸』
― 三好元長 ―
千熊丸は もう5歳だ、それに千満も宮参りがある。
「そうだな、宮参りに連れて行こうか」
最近子供達を構ってやれなかったし、ちょうど良いであろう。
先ずは地元の氏神さまにお参りに行くとしよう。
弟の千満丸の宮参りも兼ねて、家族皆が揃っての参拝となった。
(できれば、争うことなく兄弟仲良くして欲しいものだ。)
戦国の世に生きる、元長はせつに願った。
その後、千熊丸だけを連れ 阿波の一宮『大麻比古神社』と、讃岐の『金刀比羅神社』に詣でることとなった。
三好家の跡取りとしての、お披露目を兼ねているのだらから、ぜひとも成功させたい。
でもまあ初めての遠出である、千熊丸もはしゃいでいるようであった。
聞き分けが良く温和しめの性質とはいえ、やはり子供である
「わ~い」
「おいこら、走ると転ぶぞ!」
やれやれ、まだ子供だなぁ。 しかたがあるまい。
石段駕籠を雇い、365段目の「大門」(おおもん)という境内入口まで、千熊丸を乗せ行った。
さすがに、かぞえの5歳では登るのがキツイからな。
甘やかすわけではないぞ、現実的判断だ。
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―こんぴらさん―
昔は「象頭山松尾寺金光院金毘羅大権現」という名前だったそうです。
真言宗の象頭山松尾寺金光院 とも。
まあ、わかりやすく『こんぴらさん』でいいでしょう。
こんぴらさんは、沢山の階段があります。
全部で785段ですが、実はここが最後の最後ではありません。もっともっと奥があるんですね。
なんと全部の合計で1368段!! あと583段もあります。
祭神の大物主神は、古来から「海の神様」として漁業、航海など海上の安全を守ってくれる神としての信仰があります。
あと農業殖産の神、医薬の神、技芸(音楽や芸術関係)の神としても有名だそうです。
特に航海の神さまとして有名ですね。
昔の航海は命がけでしたから、信仰にも熱が入ったことでしょう。
海運を営む者達と交際する上で避けては通れません。
それに、崇徳院も祭られていらっしゃいます、われても末に……
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「今回は千熊もいるし、本殿のお参りとしよう」
元長はあらかじめ、そう部下に告げてある。
階段の苦行と、堅苦しい神事の後、ようやく解放された千熊丸はとてもはしゃいでいた。
普段、いろいろと我慢しておとなしくしている分、相当嬉しいのでああろう。
落ち着きなくはしゃいでいた。
お世話の者達の周りを元気に駆けていた。
皆が微笑んでいた……。
それなのに、
「うわあ~ぁ~」
千熊丸は階段を踏み外し悲鳴を上げながらゴロゴロと下へ落ちていってしまった。
「「「「「 千熊丸さま~!! 」」」」」
皆が慌てて駆け下りた。
「千熊丸~」
家臣の者もおっぽって、俺は叫びながら駆け下りた。
さいわい、数段落ちただけのようだったが、正直肝が冷えた。
「医者だ医者を呼べ~」
大急ぎで、籠を呼びつけ、無礼を承知で千熊をかごに乗せ大門まで駆け急いで下りていった。
別の者は、転げ落ち強うに階段を駆け下り、医者を呼んできた、いやかっ攫ってきた。
― 大門前 ―
「子供は身体が柔らかいですから、大丈夫です。外傷もほとんど無いですよ」
連れてきた医者が大丈夫と、太鼓判を押してくれたが、心配なものは心配だ。
「せんせい、ほんと~ぅに大丈夫ですね!」
「大丈夫です、落ち着いてください」
「これが落ち着いていれれるか、千熊にもしもの事があったら……お妙に会わせる顔が無い」
「いずれ目を覚ますのでそれまであまり動かさないように、夜にはビックリして熱が出るかも知れないので薬を処方いたしましょう」
そう言って、お医者の先生はつづらから薬を取り出し軒先で調合しだした。
しばらくして、
千熊丸は、みんなが固唾をのんで見守るなか、目を覚ました。
「千熊丸~」
「「「千熊丸さま~」」」
「…ちち…うえ……」
まだ寝起きのようにボ~ッとしているようだが、痛みとかは訴えなかった。
「どこか痛いところはないか?」
「ううん」
「そいつはよかった」
「良かったですね、ぼうやは意識もしっかりしているようですし、もう心配ないですよ」
医者の先生は太鼓判を押してくれた。
「恩にきりやす、先生」
「はいはい、お大事に」
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― 千熊丸 ―
千熊丸は、みんなが見守るなか、目を覚ました。
いや、覚醒したというべきか。
「「……ん、ちちうえ……(?)」」
「どこか痛いところはないか?」
「ううん」
「そいつはよかった」
「むう、これは……昔、詣でた金刀比羅宮ではないか? 父上がいる…一体何が…」
(あれっ、ちちうえ~、たまにナニか見覚えがあるなと思ったけれど、なんなのこれ?)
「「儂は、三好(千熊丸)長慶じゃ(だよ)!」」
千熊丸は、……
過去の楽しい日々を強く思い描いていた三好長慶の意識と同調し、そして融合したのでした。
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― 元長 ―
やれやれ今日は、大変だった。
まあ、大したことが無くて良かった、ほんとうに無様なほど慌ててしまったわい。
家臣達が笑っておったが、皆心配してくれたようだ。
俺は果報者だな……。
「はあ~やはり、子供にあの階段はキツかったかな?」
あの後の帰り道も千熊丸がずいぶんと張り切っていたので、俺が手を引いて自分で歩かせたのだが……。
途中でおぶってやったほうが良かったかな。
宿に帰るなり、早々に眠り込んでしまった千熊丸をまだ心配する元長であった。
― 翌朝 ―
「父うえ~おはようございます!」
元長の心配をよそに、翌朝千熊丸は元気に起きてきた。
(大事なくて良かった。これからはもう少し気をつけてやろう)
ようやく安堵したようだった。
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『幼い三好長慶』
あれから数日、儂自身との中で話合いをおこなった。
普段は千熊丸が主体となり、大事な時は儂が表に出るということで合意にいたった。
嫌いだった、『三つ葉と芹』を代わりに食べるのと、『おねしょ』をしないように起こしてやることを条件にして、交渉はきわめて平和的に終わった。
たまに大人びた発言をして、周囲の大人達を驚かせたりしてしまったが、……。
「大人の自覚をもったんだ!」と、なんとかその場を誤魔化した。やれやれ。
あれから、一ヶ月……、
幼き身体にも、ようやく慣れてきた頃合いである。
千熊丸と長慶は、ほぼ同化していた。
(まったく先が思いやられるわい。)
幼い弟(千満丸)の影響で、”子供返り”して乳母のお乳を求める千熊丸(自分自身)にそっと溜息をついた。
柔らかな乳房を堪能しつつ、こどもは気楽でいいものだと独り物思いに耽るのであった。
まあとりあえず、”考える時間”はまだありそうだ。
とはいえ、前回のような失敗をしたくはないものだ。
輪廻転生なのか何だか知らないが、今度こそは上手くやろう。堅く心に決め今後の事を考えるのであった……。
今は、下克上がまかり通る、乱れに乱れた戦国の世である。
よく考えてみたら、上の者が警戒するのは当然なわけである……。
こちらが、どんなに誠意を以て尽くそうと、所詮は家来としか思われていない。
細川と三好は、 北朝と南朝に分かれて争った敵同士なのである。
それに、将軍家や管領家は、
『上削下(力のある下の者を削る)』
『上酷下(無茶振りばかり)』
と云う、武家の棟梁やその片腕としては、非常に情けない側面をもっているのだ。
困った時は、恥も外聞もなく泣き付いてくるくせに、いざ問題を片付けてやると、周りの者にたぶらかされていい気になって排除してくるのである。
三好家もいい加減、細川や将軍家とは距離をおいた方がいいのだと、今さらながらにそう思う。
三好一族の暗殺は、おそらく細川や将軍家の意をうけた者の犯行に違いない。
「まったくもって、やっていられんわ!」
小難しい顔をしながら、乳母の乳を吸う長慶なのであった……。
― 解説 ―
三好長慶は、天下人とはいいながらも苦労型の人間であったみたいです。
ある意味、細川家の犠牲者です。
破天荒な信長とは違う、きまじめな人間であったらしいですね。
天下を狙うつもりもないのに、皆がふまじめで、気が付いたら天下を任されていたみたいな感じですね。
松永久秀が、大和を分捕ろうが 『頭が痛い問題がひとつ消えた』と笑っていたのでしょうね。
正直、いろいろと面倒な『大和の国』を治められる器量人は、羽柴秀長と松永久秀ぐらいでしょう。
明智光秀もいい線いきそうですが、なんか途中でキレそうですし。
秀吉では、借金まみれになるでしょう。
信長だったら……ミナゴロシ…でしょうか?
三好長慶、彼なりの魅力を描いていきたいですね。
ひさひで
本当は、長慶の死と千熊丸の覚醒で短編にするつもりでした。
おっぱいオチのハズでした……。
なんでこうなったのかな?