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Air  執着と言う名の愛  作者: 花月
4/7

信じたい怖い信じたい













スーツの胸元を掴む指先が震えている。


俺を見上げる瞳が微かに浮かぶ涙で揺れている。






愛しい・・・。






不安で堪らない。


その表情は解り易いほどだ。


けれど、彼女は決してそう口にしない。


ただ、震える指先でギュッとしがみ付いている。






しがみ付けば気付く甘い他の女の香り。


案の定、彼女は身体をギクリと震わせた。


でも、何も言わない。


ただ濡れた瞳で俺を見つめている。






その感情の揺れに、その苦しみに俺がどれだけ喜びを感じているのか


なんて彼女は気付いていないのだろう。






なんて愛しくて、可哀想なのだろう。






この世界の娘にしては弱く儚すぎる。


でも、だからこそ、こんなにも愛しいのだろうか・・・。







余計なことを言って俺を煩わせれば離れていくと怖れているから


何も言わない、否、言えない。


ジッと願うのみだ。


離れないでと。


そのひた隠しにされた心の声を聞く度に俺は安堵する。






あぁ、求められていると。






自分がどんな感情にせよこんなにも一人の人間に執着することが


出来るなんて思ったことも無かった。


昔から一人でいることが当たり前で、人を信じることすら皆無だった。






父親は良くあるチンピラ崩れで酒を飲んでは母親を殴っていた。


そんな母親は父親に見合う場末の夜の女だった。


殴られるのに疲れた母親はまだ幼かった俺を父親の元に置いて


他の男と何処かへ消えた。


それに怒り狂った父親の暴力は一心に俺に向いた。


俺の小さい頃の記憶は汚い部屋で小さく丸まって父親の帰りを


怖れている記憶しかない。


でも、それも長くは続かなかった。


チンピラ崩れでしかなかった父親はつまらない喧嘩の末に死んだのだ。


父親が死んだ時、俺は施設に行く運命だった。


けれど、その運命が変わったのは父親が末端に席していた組の組長に


娘が生まれたからだった。


娘が生まれ、慈悲の心が湧いたのか、組長は俺を拾ってくれた。


そして、生まれたての赤ん坊を見せてくれた。





「お前が命を賭けて守るんだ」





その赤ん坊が奈美、彼女だった。






それからの俺は懸命に努力した。


勉強も運動も人一倍、努力した。


そうすることでしか自分の居場所を確保できなかったから。


あの赤ん坊も守るに足る人間でなければならなかった。


その役目だけが俺を生かしてくれる。






息の詰まるような毎日は続いた。


でも、それもある日、唐突に終わりを告げる。






学校から戻り、母屋へ挨拶に向かう。


それは毎日の決まりごとだった。


いつものように縁側に座る赤ん坊とベビーシッターに声をかけようと


縁側に向かう。


でも、そこには誰もいない。


いや、いた。


小さな、あどけない顔をした彼女だけが座っていた。





「りゅー」





舌足らずな声が俺を呼ぶ。


それまでにも彼女のそばに行ったことはあった。


でも、その小さな存在がすぐに壊れてしまいそうで怖かった。





「りゅー」





出来るなら近くに行きたくない。


でも、彼女を一人で放って置くことなんて出来ない。


仕方なく彼女のそばに寄る。





「りゅー」





必死に伸ばされる手を躊躇いがちに掴む。


小さくて温かい手。





「りゅー、だっこ」





望まれるままにそっと抱き上げた。


甘いミルクの香りがする。






何故か、心が軽くなる。


そして、俺はその日、大切なものをみつけた。






腕の中で嬉しそうに笑う赤ん坊。


その笑みに心が鷲掴みされた。





ハッと衝撃を受けるほどだった。


俺が今まで見たことの無いほどの愛情の込められた笑み。






気がつけば涙が一粒、零れていた。






それからの俺の日々は変わった。


それまで以上に努力をし続けた。


でも、それは居場所を確保する為にじゃない。


あの赤ん坊のそばにいる為にだった。


自分の意思で彼女を守りたいと、そばにいたいと思った。






その努力の日々はもう、息の詰まる毎日なんかじゃなかった。


あの笑顔の為に生きる日々だった。






満足だった。


幸せだった。


それだけで満足できる時までは。






でも、今は・・・。






俺は彼女を試す。


俺を思っているのか、俺のことだけで思考回路が埋まっているのか。


試しては苦しませ、泣かせ、俺に執着させる。






汚い世界に身も心も染まっている俺には彼女が遠い。


だから、試しては泣かせている。






本当は知っているのに。


もう、既に彼女の心は俺のものだと。


でも、もし、拒絶されたら、逃げられたらと思うと不安で怖くて、


壊れてしまいそうで、試してしまう。






どこまで俺を許すのかと。
































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