七十四、黒い鶴
「フユ、大丈夫!?どうして華夜と一緒に…!!」
駆け寄ってきた砂都がフユの肩を掴む。
「心配すんなって。別に何もしてねえよ」
華夜が横目で砂都を見遣ってぼやく。そして「じゃあな、フユ」と続けて、もう全ての関心を失ったとでもいうようにその場を離れた。
「危ない事しないでよ!華夜は敵だよ!何かあったらどうするんだよ!?」
去りゆく華夜には目もくれず、砂都はフユを揺さぶった。フユの頭の中では、お前だって出会い頭に俺を攻撃してきただろとよぎったが、口に出すことはしなかった。
それより華夜が「敵」だという言葉が引っかかる。
—敵?そうなら俺を殺すだろ。でも華夜はそうしなかった。むしろ俺に協力的で、それどころか俺を守る素振りさえあった。違う、そうじゃなくて。
「とにかく乱火の結界の中まで戻ってよ!ここは危ないから!」
砂都の声が遠く聞こえる。フユは考えが纏まらない。
—彼岸が滅べば俺だって死ぬさ。乱火も詩月もな。
華夜の言葉が甦る。
—だがそんなのは俺からすれば憂慮するような話じゃない。
華夜は自分の死も取るに足らないことのように言っていた。
—俺は初めから彼岸の仲間じゃない。
そう。彼岸の仲間じゃない。そう言っていた。そして、華夜は人間だった。けれどそれが果たしてイコール人間の味方なのかと問われれば、首を捻らざるをえない。確かに華夜は隠していた爪を見せる程度には、彼岸に敵対心があるのだろう。フユと同じように、もしかするとそれ以上に同胞を踏みにじられた憎しみを抱いているのだろう。
けれど華夜はフユや、あるいは詩月や乱火のような、分かりやすい行動を取らない。
彼岸に一矢報いる力を手にしながら、沈黙を守っていた。
守りたいからと飛び出して行くような衝動的な情熱があるようには見えない。
恐らく華夜は、彼岸に牙を剥くだろう。それは木立への態度からも明らかだ。けれどそれが全て彼岸への憎しみや、人間への献身からくるものだとは想像出来ない。それならやはり華夜も警戒しておくべきだろう。
—敵じゃない。
ふいに浮かぶ。
華夜の目的は分からない。華夜は自分の命も彼岸の世界もどうなっても構わないと思っている。それなら華夜の中でもはや人間の命も同列に並んでいるのかもしれない。
それでも。
—敵じゃない。
フユはそう心に結ぶ。
それは祈りの細い糸。
あの黒い目の奥底に何が眠っているのかは分からない。
—俺との約束、忘れるなよ。
わずかな親しみの込められた共犯の眼差し。
それが嘘でも。少なくとも、今フユの手元には必要なものがある。今はそれ以上求めたって仕方がない。どちらにしろ華夜は華夜の物語を描いているのだろう。それなら自分もそうする事で今を越えていくしかない。
今、出来る事を。