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神話21世紀  作者: 風月莢
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七十、抱き寄せて地獄まで

フユが華夜の視線を追うと、ベランダには髪の長い、すらりとした女が立っていた。

ー彼岸だ。

フユは女を一目見て確信的にそう思った。

だがフユがそれ以上何か思う前に、華夜の左手がフユの肩にかかった。そして華夜は何も言わず、フユの肩を押して自分の後ろへ庇うように誘導した。肩にかかったのは決して強い力ではなかったが、華夜のその仕草があまりに当たり前のように行われたので、フユはそれを拒否することを思いつきもせず従った。

抜き身の剣を持った華夜の冷ややかな微笑は、ベランダに立つ女に真っすぐに向けられている。華夜のそれは、仲間に向ける微笑ではない。

それは剣を盾に、女が戦いを仕掛けてくる瞬間を待っている、戦いの始まりを誘う微笑だ。

「華夜。やはり彼岸を裏切ったな」

女が口火を切る。

華夜がさも面白そうに笑った。

「人聞きの悪い言い方するなよ。見当違いも甚だしいぜ」

フユは華夜の背中が、突然見知った気配を纏うのを見た。

「俺は初めから彼岸の仲間じゃないのさ」

華夜がそう言った途端空気が凍って、女の目が敵意に染まった。

「華夜、貴様」

「俺を飼い殺せると思うなよ」

ーこいつは、やっぱり。

フユは悟る。

華夜の背中もその声も、人間の気配だった。


「始めからこうするつもりだったのか」

即座に戦いが始まるかと身構えたフユだが、杞憂だった。女が低く押し殺した声で言う。

日南(ひな)と出会ったあの時から…貴様は日南の想いを知っていながら…」

女は何かしらの因果を感じさせる苦々しげな言葉を吐き出すが、華夜の琴線には触れなかったらしい。華夜は事も無げに「ああ知ってた」と言い、ふいに間合いを詰めて女の肩をすっと抱き寄せた。その手慣れた扱いにフユがぎょっとする。

「ついでに言うと木立(こだち)、俺はお前の想いも知ってる」

どこで気が変わったのか華夜は剣を女に向けるのを止めたらしい。その強制力のある抱き寄せ方に、木立と呼ばれた女がびくりと体を震わせる。華夜の目が木立の目の奥を覗き込む。奥底まで。逸らすことなく。

暴力より、もっと思い通りになる方法がありそうだ。木立は自分を覗く男の目がこう言っているのを聞いた。

「お前でも良かったんだけどな。美人だし。強気なのもいい。けど、日南が先に落ちた」

どっちにしろ自分のものだと言わんばかりの発言に、端で聞いていたフユさえ辟易する。だが涼やかで不遜な華夜のその態度が、実際抗いがたい魅力を持っているのも事実だった。

「ふざけるな!私は貴様のことなどどうとも」

「だったら」

声を荒げようとした木立の耳元で華夜が囁く。

「木立、お前はどうして俺の秘密を守ってるんだよ?」

「秘密…」

憎らしそうに木立が呻く。

「…貴様が元々人間だったということか」

くくっと華夜が笑った。

「そう、この状況下でそれがバレりゃ俺は間違いなく総攻撃をくらう。今そこに立っている『フユ』なんかより俺の方が厄介なのは明白だろ?」

俺が無事なのはお前が黙ってるからだよ。華夜は、木立の耳にその言葉を叩き込む。

事の成り行きを見守るフユは、無意識に息を詰めた。

「なあ木立。それにお前は一人でここへ来た。自分の力が戦闘に向かない事くらい分かってるだろ?お前に俺と戦う意志があるようには見えないね」

華夜が自身の優位の根拠を挙げる。

「確かに私の力は戦闘に向かない。けどそれは私だけじゃない」

悲痛な表情で木立が応える。そして華夜の瞳を見返すように睨んだ。

「華夜、貴様が奪った日南の力だって、戦闘に、向かない」

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