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神話21世紀  作者: 風月莢
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六十九、華夜

住宅街の一角、マンションの7階にフユの部屋がある。

「なぁ、何考えてる」

フユは鍵を回しながら背後に立つ華夜に訪ねた。

「別に」

素っ気なく短い返答。フユは振り返って華夜を一瞥し、また背を向ける。

「答えたくないならそれでいいけど。どうせ聞いたってつまんねー話だろうし」

「だろうな」

そう言って、華夜が笑う気配がした。反論する気はないらしい。

少しの間を置いて、再びフユが口を開く。

「俺、同じ夢ばっかり見るんだ。最近」

華夜の返答はない。

「一度も行ったことすらない世界が滅びる嫌な夢だ。生々しくて、見るたび最悪な気分になる。白い建物が続く綺麗な世界だったのに、突然の爆発で全てが滅びる。俺には、」

フユが華夜に向き直る。その目が頼りなげに華夜を映し、傷付いた色を持つ。

「それが夢だと思えない」

華夜にとっては、フユの瞳の痛ましさは映画でも見ているようなものだった。華夜の中では、感傷と同情とある種の懐かしさと、フユが乞うような眼差しをしていることにフユ自身が気付いていないという事実を観察する冷淡さが共存していた。そして実質的には後者が優勢だった。

「お前が見ている夢が、たぶん彼岸の未来だ」

感傷も同情も無意味だと知っている声がフユを撃つ。フユの目が華夜をはっと映す。

「彼岸は滅びる。喜んでも良いんだぜ。お前も望んで来たんだろう、ずっと。目の前で繰り返される命の狩りが終わることを。

すべてお前が望んだ通りになる」

フユが最初に望んだ通りに。華夜はフユが何を望んだのかと、分かっていると言いたげだ。

「俺は…、今は、そんなに単純じゃない。俺の望みがあんたに分かるかよ」

「分かるよ」

華夜が言う。

「『彼岸なんてクソくらえ』。乱火の力を奪って単身彼岸に乗り込んで、一矢報いるつもりだったんだろ?」

そりゃそうしたくもなるよなと、不敵な微笑を浮かべたまま華夜は続ける。

「ところがいざ出会った乱火はお前が彼岸に抱いていたイメージからは程遠い。力はあっても実際人間の命一つ狩れないようなナイーブなヤツだ。おまけにお前には同情しまくり、あげく今は人間の為に、…『お前の為に』って言った方がいいか?乱火は、彼岸を滅ぼそうとしてる」

ーまるで茶番を見ているみたいだ。華夜がくくっと笑う。

「お前は乱火に絆された。あいつのために彼岸に向ける怒りや恨みが揺らいだんだ。今はよく知りもしない人間の、赤の他人の命より、彼岸の使いである乱火の命の方が重要だ。そうだろ?

お前はお前が思ってるより分かりやすいよ」

複雑なのは環境で、お前自身はいたってシンプルだ。華夜はそう付け加える。

「どうせその夢の話だって乱火にはしてないんだろ。乱火の力を奪った代償に惨劇の予知夢を見るようになりましたなんて言えないよな?言ったところで結局あいつを苦しめるだけなんだから」

面白そうに紡がれていく華夜の推測は、気味が悪いほど的確で、冷静すぎるほど冷静だった。

「そういうあんたは顔色ひとつ変えないな。俺の夢が予知夢なら彼岸は本当に滅びるぞ」

苛立を滲ませてフユが吐き捨てる。

まるで関わりのない高みからでも見ているような華夜の態度が腑に落ちない。だが華夜は笑みを口角に留めたまま、

「そうだな。上層部の奴らは呑気すぎる。実際俺も飽き飽きしてるんだ。彼岸の世界はクソつまらない」

と、フユの苛立など全く気にかけていない様子で答えた。

「彼岸が滅びたらあんただって死ぬぞ?彼岸を滅ぼそうとしてるのは乱火や詩月なんだろ。俺の夢はあいつらの目的達成を示唆してるってことだ。あいつらを止めないと彼岸の何もかもが消える。彼岸の使い諸共、全員」

フユが畳み掛ける。華夜に彼岸を滅ぼすつもりがないのなら、こんなところで悠長にフユと話している場合ではないはずだ。乱火や詩月と立場を異にしている以上、戦いは避けられないはずで、フユの夢を予知夢だと補完するならば敗戦に対する焦燥があってもおかしくないはずだ。それなのに目の前の華夜はそれを気にかける様子もなく立ち話をしている。そしてどこから出て来た感想だか、

「物わかりが良すぎるのも問題だな」

そう悠然と言った。華夜の怜悧な目がフユを射る。そして笑んだ口が言った。

「つまりお前は詩月や乱火の行動が、彼岸を滅ぼす自爆テロだと知ってるんだな」

その予期せぬ手荒な表現にフユがひゅっと息を呑んだ。

「綺麗な言葉で飾ったって血が流れるんだ。何にも知らない振りするのは止めようぜ。それにお前がそれに気付いたからって別にそこに罪はない。ただお前は彼岸の滅亡と乱火の死が同じ未来の上にあるって知ってた。それでも乱火に力を返したんだろ。そりゃさぞ複雑な気分だろうな」

自爆テロの起爆剤を、死なせたくない相手に差し出した。

「乱火には乱火の意志で行動する権利がある。だから力は返すべきだろ…」

フユが苦々しく答える。ちらとあの夢がよぎって、フユは自身の選択の是非を永遠に問い続けていくことになるのだろうと思い知る。

「お前にだって泣いて縋る権利くらいあったさ。あいつを生かしたいと思うならなおさらな。勘の良さも頭の回転の速さもお前に取っちゃ全部仇だな」

そこまで言って、華夜はすっと正面に手をかざした。

「彼岸が滅びれば俺だって死ぬさ。乱火や詩月もな。俺たちは彼岸の一部であって単体で存在することは出来ない」

華夜の手に収まるように極端に大きな剣が現れる。

「だがそんなのは俺からすれば憂慮するような話じゃない」

世界の滅亡も死も大した問題じゃない。平然と言う華夜は相変わらず涼しい目をして笑っている。

フユがどういうことかと言う前に、華夜はベランダに向かって一歩踏み出した。

「時間切れだ。お前にはもう少し話してやっても良かったんだが」

そしてベランダを眺め、フユではない誰かに向かってこう言った。

「意外に早かったな。優秀だ」




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