六、宣戦布告*叶わぬ願い
黒髪の青年が立ち止まる。彼の正面に里雪。
「…なんだ、華夜」
『カヤ』と呼ばれた青年が不敵に笑う。面白そうに口を開く。
「お前は詩月につくだろ、当然」
「……、何の話だ」
「ん、死神のクーデター、ね。やってくれるぜ、あいつ」
くくっと笑った華夜が続ける。
「戦おうぜ里雪。俺は桜につく」
「ふざけるな」
「いつまで大人しくしてるつもりだ?もう始まってんだぜ、選べよ。戦うか、それとも、」
答を知りながら試すような視線。
「詩月を見殺しにするかだ」
「詩月を?」
ハル、ではなく。
しかし華夜は意味ありげな笑みを浮かべただけだった。
* * *
ハルの肩にホタルがとまる。深い青の鳥。けれどそれは、幸福を運んでは来ない。
『ハル』
名を呼ぼうとして、声にならない。ずっとこんなことを繰り返している。筆を動かし続けるハルはホタルの存在にも気付いていないのかもしれない。何かに浸かれたようにキャンバスに向かう姿は、既に俗世界から離れてしまっている。
その場に居るのに耐えられなくなって踵を返す。彼岸の世界に帰っても、助かる訳ではないけれど。
ハルから逃げるように、晴れ渡る空を飛ぶ赤い鳥。それは運命に抗うハル自身の想いなのに。
「逃げて、」
呟いた瞬間に涙が零れた。
振仰ぐ空が眩しい。
暖かな日差しと、その空に伸びてゆく緑。
見えるものは、平和そのもののような景色。
今世界が動いていること。それがすごく、虚しい。