六十八、思惑
「けど、桜と戦う前に残りの2つの鍵は手に入れておきたいだろ?」
乱火が里雪に問いかける。
「ああ。どうせ桜は一筋縄ではいかないだろうし、その方が良いだろうな」
里雪は独り言めいた調子で返しながら、ふっと思い出したように音波を見た。
「音波、念のために確認しておきたいんだが、そのリストの中に黒髪に赤いメッシュを入れたチャラチャラした男はいるか?」
「え?ええ、それなら戒利のことだと思います」
「無駄に馴れ馴れしくて軽い奴だ」
「ああそれなら戒利でしょう。間違いありません」
微妙に刺のある特徴を上げた里雪と、その特徴で誰が当てはまるかをはっきり断定した音波を見て、乱火は2人とも良い性格してるな…と呑気な事を思った。
音波が再び手帳をめくる。
「最近人間界で負傷して、椿が連れ戻してますね。もう傷は完治しているはずですが……」
そこまで言いかけて、音波はさっき自分が消したばかりの里雪の傷を思い出した。
「これ、まさか里雪さんとの戦闘ですか?」
「ああ」
里雪がしれっと認める。
「あの戦闘自体は報告書に上がってないんだな。だとすると、あの戦闘は上層部の命令ではなくあいつの意志か」
里雪はとどめを刺し損ねた男を思い返す。
戒利の、まるで里雪のデータを集めるかのような戦い方を。
ーあいつが鍵を持っているなら。
どう転んでも面倒そうな未来しか思い浮かばない。
里雪は今さらながら、あの時ハルの静止に気を取られた自身の迂闊さを悔やんだ。
ー結局、戦いの火種を残しただけだ。
「里雪さん?」
表情を険しくした里雪を音波が怪訝そうに呼ぶ。
その険しさを解かないまま里雪が答えた。
「戒利は俺が調べる。二人は他の奴を調べてくれ」
その頃彼岸上層部の一角では、桜が見るからに物々しい扉の前に佇んでいた。
「最期の仕事よ。私のかわいいペット」
桜は左手に、鳥の形をした継ぎはぎだらけの機械を留まらせている。使い魔だ。そして自らの使い魔を堅牢な錠の前に差し出した。すると使い魔は見る間に形を変え、スライム状になり錠に寄生するようにべっとりと張り付いた。扉の前で冷然と佇む桜と、使い魔が寄生した錠。錠から不規則に発生するジ、ジーという小さな音がいかにも不気味に響く。
しばらくして、桜の足下にカツッと何かが落ちた。寂びた銀のネジだ。桜の白い柔らかな手がそれをそっと拾い上げる。使い魔の目に嵌め込まれていたネジ。スライム状に変化した使い魔は、元の鳥の形に戻ることはなかった。それどころかスライムの名残さえ、既に跡形も無い。
ー目に使っていたネジが一本。他は消滅か。さすが彼岸の最高セキュリティ。解除コードの書き換えにはそれなりの代償がいる。
でも、と桜は錠に触れる。
ーこの程度なら安い。みんな危機感が薄いわ。
「これで終わる」
確かめるような呟きと共に、桜の瞳は不思議な色で伏せられた。