五、キャンバス
たった二日前に「明後日」と呼んだ日が訪れて、ハルの祖母は息を引取った。
簡素な葬儀があっけなく終わって、涙ひとつ零さないハルが隣に立った私にこれも運命かと訪ねる。そうだと答えた私には、本当は何一つ確信がない。
「分からないままでした。結局、最期まで」
消え入りそうなハルの声を、私は救うことが出来ない。
「祖母が私をどう思っていたのか」
静かな部屋に、ぽつぽつとハルの声が流れる。それがどうしようもなく遠く聞こえて、思わず口を開いた。
「…知りたかった?」
不躾な質問にハルは微笑んで、そのまま愛おしそうに棺を見つめる。
「いいえ、いいんです。……
もう、終わったんです」
自分に言い聞かせるような静かさに、苦しくなる。空気さえ重い。
「ハル、あなたは、」
―ひとりじゃないのに。
説明できない感情を、伝える術が無い。やりきれないもどかしさが募る、今逆説的に感じる生を、あなたは分かっていない。
生きているのに、あなたは。確かにここにいるのに。
「私も急がないと」
何を急いでいるの。願わないことばかり。
ハルが筆を取る。部屋の壁に立てかけられたのは大きなキャンバス。それを覆う柔らかな布を引き剥がせば、現れるのはどこまでも淡い淡い色彩。
「描き上げたいんです」
これが未練。残しては死にきれないもの。そうではないと気付いて欲しい。
没頭するハルに聴きたい。描き上げたらもういいのかと。
そんなにも暖かく柔らかな、それは一体何を描いているのかと。全てを捨て去ってしまえるような人間が、欲しくもない光をそんなにも必死に描けるなんて茶番。あなたは生きる力を持っているのに、これに全てを注いで終わらせてしまおうとしている。
死にたくないと言って。
シュリもホタルもどうでもいいと言って。
ハル。これは、それだけで反故になる契約だったのに。