五十八、守りたいもの
「砂都、もう私に側近は必要ありません」
「え?」
風姫が唐突に告げた言葉に、砂都が固まる。詩月はそれを見て、初めて砂都が風姫の側近だったと実感した。砂都の動揺は、傍で見ている詩月にも明らかだった。
「あなたも行きなさい。あなたにも自分の意思で行動する権利があります」
対照的に風姫はゆったりと微笑む。
「でも、僕は…」
「あなたはよく尽くしてくれました。とても感謝しています。だからこそ、あなたには自分の意志で行動して欲しいのです。私と共に留まるのではなく」
それを聞いた詩月は、すっと視線を下げて地面の一点を見つめた。
「納得できる道を行きなさい、砂都」
「でも、風姫は行かないんでしょう?だったら僕も、…僕は、風姫とずっと一緒に」
「いいえ」
食い下がる砂都を風姫は穏やかに制す。
「私が参戦しては道義に反するでしょう?私には先見の書の番人としての誇りがあります。私は大丈夫」
「風姫…」
「行きなさい、砂都。守りたいものがあるのなら」
彼岸にどう口を出して良いか分からないハルは、ただ黙って成り行きを見守ることしかできない。
優しく砂都を諭す風姫。不安そうな目をして風姫の前に立つ砂都。何も言わず、何かに耐えるように地面を見つめる詩月。
「守りたいもの…。僕は…」
砂都の迷いの中によぎるのは、フユの残像。
フユの涼しそうな瞳の奥にちらついていた、孤独と、優しさ。諦め。
「風姫、僕は、」
「砂都。今までありがとう」
風姫は砂都を遮るように言った。穏やかさだけは変わらず、けれど迷いは許さないといった口調。
「お行きなさい」
砂都がぎゅっと拳を握りしめる。
「僕こそ……。ありがとう、風姫。…今まで、楽しかった」
風姫はその拙い言葉に優しく笑う。
砂都はそれ以上言えずに風姫に背を向けて、この部屋を出ようと扉へ向かった。けれどそのまま出ていくことが出来ずに振り返る。そして風姫の唇が密やかに動くのを見た。「さよなら。砂都」と。
詩月とハルも後に続き、もう戻ることの無い時が扉と共に閉じられた。
―風姫、あなたは何でも知っているけど、何にも分かってない。
閉じた扉を見つめて、砂都は心の中で語りかけた。
―僕は、側近『だから』側にいたんじゃない…
「詩月、僕も彼岸と戦う」
砂都が呟く。
「守るよ。僕はフユを死なせたくない」
砂都のくるりとした大きな瞳がハルを捕らえる。
「ハルとナツメも、守るよ」