五十三、彼岸上層部
「罪人詩月を捕らえよ。時は一刻を争う。生死は問わない」
白髪の男が、足下に跪いた最上層衛隊に低い声で命じる。
ここは彼岸の中で二番目に高い建物の最上階。パノラマで彼岸を見渡せる展望台のような造りだ。
集まった最上層衛隊はおよそ30人。彼等は全て詩月の敵。
「あの女を放置しては彼岸の無駄な血が流れるのみ。表向きの人道主義などまやかしに過ぎない。そうだな。桜」
最前列、男に最も近いところに跪くのは桜。視線を上げることなく、桜は答える。
「はい。浅はかな芝居にすぎません。これ以上の考察は無益かと」
「ふん。みくびられたものだ。恐らく詩月の真の狙いは『神の地図』。彼岸の主権を握り、この世界を創り変えようというのだろう」
桜は、吐き捨てるように続ける男の靴をじっと見つめる。
「愚かなことを。『神の地図』は我々の手には負えん。まして世界を創り変えるなど見知らずの極み。生かしても害が残るだけか」
靴。服。床。
—白い。どこもかしこも。
桜はふと思い、何事も無かったように顔を上げて告げる。
「詩月は近々ここに攻め入って来るでしょう。こちらもそれなりに守りを固めるべきです」
男が冷ややかに桜を見下ろす。
「まるで詩月一人のために彼岸最上層衛隊が手こずるとでも言いたげだな桜。気になることでもあるのか」
「いえ」
桜は瞳を逸らさない。だがそれはナツメが乱火に向けたような、何か訴える温度を持った視線とは違う。静かで揺れない、遠くを見透かすような冷めた視線だ。
「準備をしておくに越したことはないと申し上げているのです。無傷で済む戦いで、むざむざ血を流すのは不本意ですから」
桜のそれは、表情からも声からも感情を窺えない。
危険因子は全力で討つ。これが最速で彼岸最上層衛隊まで昇りつめた女のやり方か。男は口元に笑みを乗せて命じる。
「そうだな。桜、お前に地図の保管室の守りを任せたい」
手段を選ばない桜の伶俐さは、過激だが必ず結果を出す。
「はい。勿論私も始めから、」
そしてこの残酷なほどの行動力が最大の強みだ。
「そのつもりです」