五十、予言と選択肢
詩月とハルが砂都に導かれて訪れたのは、彼岸の建物の小さな一室。ドーム状の天井を有するその部屋の中心に、開かれた分厚い本が浮遊している。そしてその傍らにプラチナブロンドの女性が佇んでいる。
「ただいま、風姫」
砂都が目の前の女性に向かって進み出る。
「砂都。おかえりなさい」
女性が穏やかな声を砂都に返して、詩月とハルを順に見た。
好意も敵意も含まない瞳。それが静かな湖面のように見たものを受け入れる。
「詩月、あなたに会うのは初めてですね。—ハルさんも。何もないところですが、どうぞごゆっくり」
これが、風姫。この柔らかな物腰で、終焉を語るのか。詩月はそんな感想を胸中に結んで風姫に向かう。
「風姫、あなたに聴きたいことが」
風姫の湖面のような瞳に詩月が映る。
「ええ。予言の書には既に彼岸の未来が記されています。あなたの聴きたいことはそれでしょう。けれど私に答えられることはありません」
譲歩はない。穏やかだが、その意志をはっきりと含んだ返事だ。
「予言の書には『彼岸は人によって滅びる』と記されています。その名が『ハル、ナツメ、フユ』とも。—ハルさん、たとえあなたが望まなくとも、これは確かに記された文字です」
ハルが不安そうに目を伏せる。
「私は終焉を心得よと皆に伝えました。ただそれ以上は語れないのです。私は未来を知るが故に、それを故意に変えられる立場にないのです。予言について語れることは、他に無いのです」
そこで風姫はわずかに言葉を切った。
未来を知ることは、全てを掌握する事ではない。懸念と徒労から逃れる代償に、行動する希望と可能性を失う。
「詩月、あの予言は私が一人の彼岸の使いとして皆に伝えることが出来る限界なのです。予言の書の番人としてではなく、私自身の意志で伝えられる最後の問いなのです。何を成すべきか、どうしたいのか、終焉という言葉の前で考える権利は全員にあるのです」
「でもそのせいでハル達は…!」
詩月が声を荒げる。
「あなたがいるでしょう、詩月」
風姫が穏やかなまま遮る。
「え…」
二人の対照的な視線が絡まる。
「それ、どういう…」
「あなたがいるから……、いえ…。一つ事実として言えるのは、彼岸が今までに無い急激な速さで動いているという事です」
不自然に言葉を濁した風姫は、真意を答えることなく続ける。
「間もなく欠けた月も満ちるでしょう。それが、最後の合図です」