四十七、未来の照準
「じゃあ行くよ。手を貸して」
砂都がそう言って、自身の右手を詩月の前に差し出した。
「こう?」
「うん」
詩月がその手を重ねた瞬間、その場にふわりと薄く白い靄がかかる。詩月を風姫の元へ誘う、彼岸の無機質な白い靄。
「朝凪、ハルとナツメとフユの事、少しの間、頼むわよ」
ふと顔を上げた詩月が、朝凪に向かって言った。
当たり前の事のように。
「はいもちろん!」
朝凪も何の疑問もない返事をする。
「ハル、そんな顔しなくても大丈夫よ」
視線を合わさないハルに気付いて詩月が穏やかに宥める。
「いえ、あの…。そうじゃないんです、詩月さん」
躊躇う一呼吸を置いて、ハルは外していた視線を真っすぐに詩月に向けた。
「私も一緒に…、連れて行って下さい」
ハルの予想外の言葉に、詩月が固まる。
「…え」
聞き返すでもなく声を零した詩月に、ハルは続ける。
「私は今までずっと受け身で…。千秋の事も詩月さんたちの事も私が受け入れればそれで良いんだって、そう思ってました。私が受け入れれば丸く収まって、誰も傷付かずに済むって、でもそんなの…、」
そんなもの—
「そんなの嘘です、詩月さん。一人でどれだけ背負ったつもりになったって、やっぱり私は一人じゃなかった」
ハルの言わんとしていることが汲み取れずに、詩月は沈黙を守る。
「私も詩月さんの力にはなれませんか。守ってもらえるのを待っているだけなんて嫌です。私も何か役に立ちたい」
守るのは詩月で、守られるのはハルで。そんな一方的な関係は、きっとどこかおかしい。
「でも、そもそもハルは私達のせいでこんな事に巻き込まれたんだし、だから、そんな事する必要…」
「詩月さん」
堪らず口を開いた詩月をハルが遮った。
「もういいんです。そんな事は」
その言葉ははっきりとした強い調子だった。
「誰のせいとか何のせいとか、そんなのはもう、どうだっていいんですよ」
詩月ははっとする。ハルのそれは、チアキの命と引き換えに自分の命を投げ出すと言った、初めて出会ったあの日と同じ調子なのだ。
けれど、絶対的に違う。
今のハルの視線は死地へ向かってはいない。
「私は何かしたいんです。私や詩月さんに訪れる未来の為に」
未来と呼ぶに相応しい光の一端が、今のハルの前には存在している。
「私が行ったって何が変わるでもないけど、そんな事は私だって充分分かっているつもりです。それでもやっぱりこれは私の問題でもあるし、何か出来る事をしたいんです」
向こうからやってくる結末を待つのではなく、自分の足で進む。それは似ているようで決定的に違う。
「それに私は…」
けれど自ら進むことの出来る足を持っていたとしても、向かう先が光ばかりとは限らない。闇もひとつの形であるのだから。
ハルは凛と立つ詩月を見て思う。
—特に、このひとは。
「詩月さん、あなたが心配です。力になれませんか」