四十四、知らなければ孤独
「なあフユ…」
乱火に背を向けるようにベッドに横になったフユと、やはりフユに背を向けるようにベッドの近くの床に座り込んだ乱火。
煙草を燻らせながら、乱火が零す。
「あのさ…、どれもお前のせいじゃないから」
フユは意識の定まらない浮遊感の中でそれを聞いた。彼岸の力を使った反動で上がった熱は、持続性は無いが高い。
「…」
持て余す体温のそばに他者の気配。
本来は彼岸の使いであるはずの乱火が、フユの方に余分に感情移入している。
—そんなことしたって、何にもならないのに…。
「俺に情でも湧いたかよ」
マズイな…とフユは思う。
「バカだな、オマエ…」
拙い言葉。けれどそれしか口に出来ない。
返事をしないまま乱火が煙を肺に入れる。
—バカはお前の方だろ、フユ。
救いにならない優しさも、気休めにもならない慰めも、取り繕うだけなら必要ない。
儚い沈黙に、言葉にならない感情が溶けていく。
瞳を閉じて意識を手放すフユ。
—狂ってるな、俺も。
煙草の匂い。今はそれにすら安堵する。
一方、人気のないホテルのロビーのソファを占領しているハル、朝凪、砂都。
「金髪の、天使みたいな男の人が、私を庇って…」
ハルがぽつりぽつりと言葉を選んで話す。鋭利な刀を背に受け止めた金髪の男を、記憶の中心に抱きながら。
「金髪の……天使、みたいな…?—…それって…」
朝凪の見知る中でその容姿に当てはまるのはただ一人。慣れ合いを好まない反面で、見て見ぬ振りが出来ない甘さを合わせ持った、詩月の同期。ハルがその人物の名を挙げる。
「里雪、さんと」
予想と一致した名に朝凪の背筋が冷える。
「里雪…さん……。まさか…」
「詩月さんが、そう呼んでました」
「そんな…」
里雪が、負けた。最上層衛隊に。
「砂都」
聞き慣れた声にハル、朝凪、砂都が一斉に振り向いた。
「センパイ」
視界に詩月の姿を認めた朝凪が呟く。すらりと立つ詩月に懸念したようなブレはない。
「砂都。私に力を貸して」
詩月はそう言って砂都の正面に屈みこんだ。
「センパイ、あの、」
朝凪の呼びかけには応じず、詩月は射ぬくような視線で砂都を見る。
「最上層衛隊に攻撃されたわ」
ブレないかわり、他の物を寄せつけない。
「里雪はもう戦えない」
視線を合わせる砂都の目が揺れる。
「ここだって別に安全じゃないわ。一時凌ぎよ。砂都お願い。私を風姫に会わせて」
それは故意に押し殺したような口調だった。ぎゅっと握りしめられた詩月の手を、ハルは見つめる。
「抹殺なんて間違ってる。ハルやナツメやフユが私達にどんな風に関わっていたとしても、風姫の予言がどんなに正しくても、最上層衛隊の行動が例え最善だったとしても、私達やハルやナツメやフユの未来に他に選択肢がないなんて、そんなこと絶対に有り得ない。『誰かを犠牲にして解決』なんて逃げてるだけよ」
詩月は自らの一言一言を確かめるように紡ぐ。
「砂都、あなたに手伝って欲しい。もっと確かなものを、きっと私達は信じられる。だからお願い、力を貸して」
ハルの胸中で、押さえようの無い安堵と、小さな後悔が持ち上がる。
今までずっと詩月に気遣われていることを知りながら、ハルは一つも応えようとはしなかった。自分が死んで弟が生き返る。それが体の良い作り話でも構わないと思っていた。気休めでも。それがもしもどうしようもなく馬鹿げた行いでも、一人きりで、自分を殺して、消えていく。それで償えるのだと。だから受け入れて流れに身を任せる気でいた。
詩月はハルのそのスタンスを決して否定しなかった。けれど、別の答えを探している。
ハルやナツメやフユの、他の未来の選択肢を。
—私は、一人じゃなかったんだ。
唐突に思い知った現実がハルの視界を滲ませる。
「風姫に会って話を聞いて、今起こっていることをちゃんと知りたいの。じゃなきゃ何も出来ない。風姫の予言はきっと指針になるわ。何をすべきか考えなくちゃ」
詩月の真摯な横顔が、後ろに引くつもりが全くないことを物語っていた。
「フユを守れるかな」
「守りたいのよ」
砂都の問いに短く答えた詩月には、もう止まつもりなど無いのだとハルは思う。
詩月はきっと信じたままに進む。
—でも詩月さんは、
ハルは目を伏せる。
少し間を置いて砂都が「案内する」と呟いた。
けれどほっと微かな息を付いた詩月は誰とも目を合わさない。
—まるで、一人で戦っているみたい。