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神話21世紀  作者: 風月莢
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四十三、308

詩月の使い魔、スズが先頭を歩いていく。スズの後をナツメを抱いた詩月、そしてその後にハル。彼岸の力が働いているのか、詩月の足取りはナツメを抱きかかえている重みを一切感じさせない。まるで何も持っていないようだ。

「ハル…こんなことに巻き込んで、本当にごめんなさい」

抑揚のない声で詩月が言った。その後ろ姿からは何も読み解けない。

「…いえ…」

小さく返すハル。他に答えようもない。詩月が『里雪』と呼んだ、血に染まる金髪の青年の残像がハルの頭を過る。

ハルが浴びた里雪の血は、時間が経つと見えなくなった。彼岸の痕跡は人間界にあまり長く留まることは無いのだ。

—行け。

里雪はそう言った。それが何度も何度もハルの耳の奥で再生される。もちろん、詩月の耳の奥でも。

詩月とハルは会話のないまま進んでいく。

辿り着く場所がどこにも無いかのように二人は無言だった。


スズは『白羽ホテル』と書かれた入り口の前で消えた。同時に自動ドアが開く。

「センパイ!」

ロビーで詩月とハルを今や遅しと待っていた—もとい、フユと乱火の側を離れて頭を冷やそうとしていた—朝凪と出会う。

「ハルさん!無事だったんですね!!良かった!」

無事を心から喜ぶ朝凪はハルに抱きつかんばかりの勢いだ。

「センパイも無事で…」

朝凪の言葉を聞いていないような、どこか上の空の詩月。

「センパイ?何かあったんですか?」

詩月はかろうじて返事をしなきゃいけないと思い到る。

「ん…ちょっと、疲れたから。先に休んでていいかしら。悪いけど」

「…ええ、もちろんそれは…。あ、じゃあナツメ君は私が預かります。これ鍵、女子は308号室です。乱火さんとフユさんは隣の307号室にいるので、何かあったらそちらに。…私達もしばらくしたら戻ります」

「ありがとう」

詩月は力無く微笑んで部屋へ向かった。

あまりの覇気のなさに朝凪が動揺する。

「ハルさん…何か…ありましたか」

さっと目を伏せるハル。

「何が…」

ハルは僅かに逡巡して、くっと奥歯を噛み締める。

「ハルさん…」

小さく拳を握りしめて、ハルが口を開く。

「じつは、…」


308。

そっけないルームナンバーの付いたドア。今閉めたばかりのそのドアに背を預けて、詩月はもうこれ以上一歩も進めないと思う。

電気も付けない部屋。

暗闇の中でずるずるとしゃがみ込む。


—行け。


いつでも味方でいてくれた里雪は、最後まで味方だった。


「……う…」

咽から漏れた声で自分が泣いていることに気付く。


暗い。電気なんて付けたくない。暗いまま。このまま。

失いたくない物ばかり無くしていく。


里雪


里雪


里雪。


どうして。

悪い予感なら、きっとあったはずなのに。


この暗闇を引きずって、それでも止まることが出来ない。

—里雪がいつか自分の為に傷付く気がしていた。だから本当は泣く資格なんてない。

それなのにどうして。

「っ……、」


嫌だよ。でも。


—なぁ、知らないなんて言うなよ。

音の無い、光りも無い、たった一枚のドアに隔てられた、ホテルの一室。

聞こえないはずの、見えないはずの里雪の残像が、詩月の胸中を埋める。

—全てが上手くいく戦いなんて、どこにも無い。

どこにも。

甦るのは悲しいほど温かな声。

まだその声は、詩月の背を押そうとする。


立たなきゃ。


部屋に満たされた闇より黒い、詩月の瞳に意志が宿る。

後悔は、今じゃない。



「目の前の間違いを迂回しようとして、結局袋小路に迷い込む」

艶やかな声が歌うように紡がれる。白い手にはまだ血の滴る刀。

「正しさも間違いもガラクタと一緒に埋もれてるのよ。この世界ではね」

その女の口元には、まるで世界を高見から眺めているような微笑。

「茶番だな」

黒髪の男が言葉を挟んだ。

「ええ」

女と男の目が合う。誘うような、試すような女の目。それをもさらりと受け流す、飼い馴らされることの無い男の目。

「その茶番が、全てを創っていくのよ」

その女—桜は、目の前の男—華夜にそう言って、瞳の色を濃くした。

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