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神話21世紀  作者: 風月莢
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三十六、けれどすべては終着する

金の髪が、ハルの目の前でふわりと揺れる。

無音。

上がる白い煙と、はらはらと落ちる白い破片。

里雪と対峙していた男が血まみれで倒れている。

男を静かに見下ろす里雪には、動揺の一つも無い。

―この空間はまだ生きてる。

視界は白の景色のまま、ハルの家に戻る気配はない。

かろうじて上下する胸の動きで、倒れた男の肺がまだ機能していると知れる。

―まだ息があるか。

攻撃をしかけようとした刹那、ハルがそれを否定する声を上げた。

あれに少し気を取られた。

―二度手間になっただけだ。

里雪は一歩踏み出す。

バチッと光を翳す。とどめを刺すつもりだった。

「待…待って!」

後方でほとんど放心状態になっていたはずのハルが、思いがけない強い力で里雪の腕を掴んだ。

「あの…やめてください。もう…、まだきっと…助かるから…殺さないで、こんなことしないで」

里雪が振りほどかなかったのは、ハルの手が震えていたからだ。

小さく息をついて、ゴーグルを外す。

―潔癖。

「…仲間なんじゃないんですか…、あなたと…あの人は同じ―」

同じ。


「死神」


振り返り、ぽつりと零れた里雪の単語に、ハルの手がはっと緩む。

振りほどく間でもない。

「あんたがもし俺たちに何か期待してるんなら、それは馬鹿げた勘違いだ」

モラルもルールも、同じラインには存在しない。


「……いいえ、」

一度離れた腕を再び掴んだハルの手は、初めより確実に強い意志がこもっていた。

「いいえ!私はそうは思いません!きっと違う…、」

真っ直ぐに澄んだ声が、里雪を引き止める。


「あなたも詩月さんも死神じゃない!!」


突然の風のように、その言葉は里雪の足を止める。

他の、どんな言葉より強く。


―動揺するな。


思い出すことを封じていた過去。彼岸と人間界の挟間に、立ちすくんだ詩月の後ろ姿。

気配には気付いていたはずなのに、近付いても振り向かなかった。


感情を表に出さない女だった。


じっと世界を観察しているような目をしていた。

否定もしない。肯定もしない。周りには染まらない。

強さと危うさを合わせ持っていた。

『手を下さない死神は、ゴミ以下かしら』

初めて聞いた酷く頼りない声。


随分昔の話だ。


―今迷ったら殺られる。


『殺さない死神は、死神じゃねぇよ』

かつて他でもない里雪自身が口にした言葉。

詩月の自問自答を、ずっと隣で見てきた。

それを間違いだと言いたくはなかった。

『でも』

いちいち傷付いていく誠実さは、結局自分を苦しめるだけだと知っていた。

『だからって他の何かになれる訳じゃないだろ』

ふっと俯いた詩月の苦笑がやたらと印象的だった。


―駄目だ。


『それでも殺したくないの。あなたには下らなく見えるかもね』

こいつはこの先もきっと汚れないんだと、漠然と思った。

『嫌なら辞めればいいんじゃねぇ』

もしあの時そう言わなかったとしても、ずっと変わらずに。

『でもこのチームのリーダーはあなたよ』

『リーダーのメンツとか考えるんだ、詩月』

『意見が聞きたかっただけよ。だけどやっぱり……、そうね、』


―思い出すな。


『私もあなたも死神だもの。仕方ないわ』

あの時。

『詩月』

『今の忘れて。大丈夫よ。ちゃんとやるわ』

ただ純粋に、綺麗だと思った。


ぎりぎりの場所でも、振れないように立とうとしている姿が。


『詩月、そうじゃない』

だから、このまま。


『辞めよう』


そんなに意外だったかと聞きたくなるほど無防備に驚いた目が、まっすぐこちらを見ていた。

思い出さないようにしていた、何か。


浅はかな幻想だったとしても、そのまま。



瞬間、無意識にハルに向き直ろうとした里雪の背中に、ドッと鋭い衝撃が走った。


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