三十五、絡んだ鎖は解けない
―私が考えていたよりも、もっとずっと大きな何かが動いている。
ハルの元へ引き返す詩月の胸中に、ざわりとした不快な予感が沸き上がる。
―何かが動いている…
それ以上考えない方が良いとでも言うように、その先の思考は一向に進まない。
―ハル。
―ナツメ。
―フユ。
走っても全く進んでいる気がしない。
―無事でいて…
脳裏に過る、姿勢の良いハルの立ち姿。ナツメの子どもらしくない表情。怜悧なフユの瞳。彼岸の水の映像。
―何かが…
里雪の金の髪。華夜の挑発的な笑み。桜の見下ろすような余裕。
―動いて…
朝凪の華やかな声。乱火の呟き。
―大きな、何かが。
砂都の言葉。
テトリス。
赤いピースがフラッシュバックした瞬間、ぞっとした。
―動かされている…
―大きな、何かに―
取り違い。
くしゃくしゃの紙切れ。
回帰の契約。
シュリ。
ホタル。
戦い。
先見の書。
―上手く考えることが出来ない。
『…余計な事考えるな』
いつか聞いた、里雪の噛殺すような一言が鮮明に甦る。
傷付かないために、『考えない』という選択肢がある。
手を下す自分を傍観して、そもそも始めから罪など存在していないかのように、振舞う。
ハルは死に、チアキは生き返り、運命は元通り。一件落着。
『無神論者は辛いね。自分の存在を認められない』
華夜はそう言った。
神にも悪魔にも忠誠は誓わない。そうやって飄々と生きていた彼の、皮肉めいた台詞。
―何かが矛盾しているような気がするのに、どこに間違いがあるのかは分からない。
『私は消えない。あなたの力じゃね』
桜の口調はいつも通りだったはずなのに。
―どうして不自然に感じるのだろう。
『思ったより、根が深い戦いらしいな』
眉間に皺を寄せた乱火の横顔。
それから。
『クソ、…お前ら面倒くさい』
文句と裏腹に、微かな迷いも感じさせなかったフユの、華奢な背中。
―急がなきゃ。
走って、走って、走って。
そうしなければ、答えも何もない。
―ハル。
たぶん、私は未来に裏切られる。それでも行くから。
―たぶん私は肝心なことを知らない。
走って。
―見えるままが、全てじゃない。