三十四、始まりの場所
「許すから…」
―代わりに解放してくれ。
―この世界から…
フユに逃げる意志がないと悟った朝凪が青ざめる。
「何…、言ってるんです!一緒に来て下さい!」
フユさん。
一緒に―どうか、
諦めたりしないで―
「戦いましょう!フユさん!!」
朝凪がそう叫んだ瞬間、全てを投げ出していたいたようなフユが突発的に顔を上げた。
「ダメだ!!」
朝凪に確実に焦点を合わせて、その目に水の膜が張る。
「やめろよ…、戦ったら、その答えは……!」
―戦う気にすらなれないほど絶望してるとか、そんな話じゃない…
―そうじゃない。
―熱のせいだ…こんなこと。
「答え…?」
問い返す朝凪からフユの目が逸れる。
―どうして、いつもいつも言えないことばかり抱えて。
ぐっと奥歯を噛んだフユが小さく頭を振る。
なんでもない。そう言いたげに。
―そうだ、こんなこと、
「何でもねぇ。悪い」
止まない爆音。立ち上がった拍子にフユの視界がくらりと揺れる。
―きっと熱のせいだ。
支えようと出された朝凪の手を静かに払う。
―傷付けたくない。傷付きたくもない。
「逃げよう」
何か言おうとした朝凪をそう言って遮る。
―何で出会ったんだ。
『死神もキリストに祈るのか』
―始まりはこの教会。
―キリストなんか、これっぽっちも信じてないくせに。俺も、アイツも。
『変な話だな』
―埃っぽい空気の中で、背徳めいた茶髪と、吐き出された紫煙と、右手に挟まれた煙草。乱火の後ろ姿。
―全部馬鹿げていた。何もかも全てが。
―乱火、偶然じゃなかったんだよ。
―何で俺は声かけたんだ。アイツに。
―振り向いた乱火の驚いた表情。
―面白い顔をしてた。
―なぁ、俺は知ってたんだ。訝しげに俺を観察したお前が、ただの一つも悪くないこと。
―あの時に許してれば良かった。
「あ、…フユさん…もうバリアが…」
朝凪の声がフユを現実に引きもどす。
―目眩に気付かないフリをするくらい、訳ない。今は無力じゃない。
この女一人くらい護れる。
「分かってる。後ろにいろ」
―もう、後戻り出来ない。